【わたしの看護婦さん/神戸貴子さん、インテージ/深田航志さん 鼎談】
高齢者とデジタルの現実 ~高齢者のデジタルデバイド解消と、その先の未来~

2021.08.05 座談会

(対談)
N.K.Cナーシングコアコーポレーション合同会社 代表 神戸貴子
株式会社インテージ 事業開発本部 メディアと生活研究センター センター長 深田航志

聞き手…デジタルわかる化研究所 岸本暢之
座談会実施日…2021年6月29日

神戸貴子さん
N.K.Cナーシングコアコーポレーション合同会社 代表

<プロフィール>
福岡県朝倉市出身。公立社総合病院(現・加東市民病院)、米子市健康対策課などを経て起業する。自らの子育てや介護の経験から、現在の介護保険適用サービスでは介護をする側の人に対するサービスが行き届いていないことを実感。自らが苦労した経験を生かし、より良い介護サービスを提供したいという思いから、介護・育児をサポートする「わたしの看護婦さん」のサービスを開始。また、介護保険外サービスのスペシャリスト養成機関として「遠距離介護支援協会」を設立。取材多数。講演、コンサルティングも行う。

<表彰>
●中国地域女性ビジネスプランコンテスト
  中国経済産業局長賞(2018年)
●内閣府主催 女性のチャレンジ賞
  男女共同参画担当大臣賞(2018年)
●全国商工会議所女性会 女性起業家大賞
  スタートアップ部門 優秀賞(2018年)
●日本政策投資銀行主催
  女性新ビジネスプランコンテスト
  ファイナリスト(2019年)
●東京都知事賞 女性の翔き賞(2019年)
●国際ソロプチミスト米子 クラブ賞(2019年)
●“EY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー
  2019 ジャパン”中国地区大会にてChallenging Spirit賞
  (2019年)

 

深田航志さん
株式会社インテージ 事業開発本部
メディアと生活研究センター センター長

<プロフィール>
1998年ビデオリサーチ入社。調査部門に配属後、テレビメディアの営業を経て、デジタル部門で、主にモバイルのメディアデータの開発・企画・営業を担当。2016年から、テレビ視聴データと、外部データホルダーとの提携を担当。2018年インテージに加わり、開発本部でテレビメディア、デジタルメディアのデータ企画開発や事業推進に従事。現在は事業開発本部 メディアと生活研究センター センター長。

<株式会社インテージについて>
1960年創業。社員数1066名。マーケティング・リサーチ、データ解析、デジタルマーケティングなどにより、生活者と顧客企業をつなぎ、マーケティング活動を支援。マーケティング・リサーチにおいて売上高 国内No.1、世界No.10の企業。国内マーケティング・リサーチのパイオニアとして、50年以上に渡って培ってきた類を見ない豊富な調査方法により、生活者のニーズを的確に捉え、メーカー・サービス・流通小売・広告といった幅広い業界における企業のマーケティング活動を全方位でサポート。

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 看護師を経て、「わたしの看護婦さん」、通称「わたかん」という、介護者に公的保険を使わない(保険内外の)サービスを提供する事業を展開している神戸貴子さん。
 一方、深田航志さんは新卒でビデオリサーチに入社し、調査部門、人事部、地方のメディア営業という部署を渡り歩いてきたメディアデータを把握するプロ。その後、インテージに入社し、現在4年目で、メディアデータのサービス企画開発とプロモートを担当しています。
今回は、看護・介護の現場のプロと、メディアデータの現場のプロ、お二人との鼎談をお届けします。テーマは高齢者とデジタルデバイス、そしてデジタルデバイド。
下記の三部構成で、和やかに行われました。

〔第一部〕…地方高齢者とデジタルデバイドの現状について
〔第二部〕…スマートテレビの現状とデジタルデバイド解消のカギについて
〔第三部〕…デジタル機器の高齢者市場への参入とその未来について

なお、インタビューは、リモート会議システムで行いました。

 

〔第一部〕…地方高齢者とデジタルデバイドの現状について

介護で苦労した私の実体験から、課題解決型の起業をしました

——神戸さんは、なぜ鳥取で、今のような事業を起業しようと思われたのですか?

神戸)私は20代の時に、看護師として働きながら、そして子育てをしながら、主人の叔父叔母の介護も行っていました。20代の働く女性が子育てをしながら介護をするのは当時、すごく珍しかったです。ただ、誰かから勝手に押し付けられたわけじゃなく、「女性だし、嫁だし、看護師の資格も持っているし、私がやらなきゃ」という感じで頑張っていました。
 ところが、自分のプライベートの時間もなくなるし、徐々に「なんで私だけが?」みたいに心が折れそうになったんです。そこで担当のケアマネージャーさんに「定期受診の付き添いをヘルパーさんにお願いできませんか」と依頼したところ、「それは家族がやるべきことです」と断られてしまいました。
 例えば、お風呂のお手伝いや調理のお手伝い、お掃除のお手伝いといった類のサービスは、公的保険の適用範囲内ですと、月曜日の10時から入浴、水曜日の3時からお掃除とか、ケアマネージャーさんが作成した介護計画書通りにしか原則動けません。その点、私達のサービスは、そういった縛りがありません。
 また、「一緒にお墓参りに行く」とか「病院受診に付き添う」なども、今の介護保険では対応できないので、私たちの事業ニーズになります。

——「お墓参り」や「病院受診への付き添い」などは介護というより親孝行の部類、といったことを言う方もいますが…

神戸)まさに、その点も問題です。「お墓参りに連れて行く」とか「病院受診に付き添う」は、これまでは「お子さん達が担うべき親孝行」と言われているようなことでした。ただ、そうは言いましても少子化で、すべてお子さんたちが平日の日中から仕事を休んで大学病院の受診(半日かかることもあります)に付き添うことは現実的ではありません。ましてや、親御さんのためだけに東京から帰省して付き添える方もそんなにいらっしゃらないと思います。そこで私たちが敢えて、血が繋がっていないけれども、あなたの代わりに親孝行しますよ、というのがこの事業です。
 介護保険制度は素晴らしい制度ですが、ややこしい点もあります。しかも、子供がいない老夫婦や、おひとりさまの高齢者の場合、いったい誰が支えていくの?と疑問にも思ったんです。それが、今の事業の原点です。

 さらに、30代になった頃、ママ友たちに「自分の親ですら介護するのは大変だ」「病院受診のために半日開けるのは大変だ」「親子仲が悪いのにずっと付き添いっていうのはとんでもない話だ」などと聞かされて、ピンと来ました。「潜在看護師」と言われている、資格はあるけれども今は現役で働いていない看護師や介護士たちが周りにたくさんいたので、彼ら彼女らと、これらのニーズをマッチングしたらいいんじゃないか・・・と。それが具体的な起業のきっかけです。お困りごと解決、自分ゴトの解決というところからスタートしました。
 一般的な介護保険の事業というのは、介護を受ける高齢者に焦点を当てたサービスであって、決して介護する側を支えるものではありません。私たちの事業では、介護をする側の現役世代のお子さんたちの肉体的・心理的サポートも行いつつ、既存の介護離職や介護を巡る家族の軋轢といった、社会における介護の課題の解決を行っています。もうすぐ7年目を迎えます。

(ZOOMでのリモート鼎談。神戸貴子さん)

——なるほど。すでに事業をやられて7年。軌道に乗るまでのご苦労話などはありますか?

神戸)聞きたいですか(笑)。もう大変で、大変で。そもそも介護って、30年前は家族でやるのが当たり前、家族の中でも女性がやるのが当たり前と言われていましたから、今でも介護をしない女性ってどうなの?という風潮は少なからずありますよね。さらに、最近は、同居はしてないけれども近くに住んでいる嫁や娘たちが通うのが当たり前と言う風潮もあります。しかし、今は一人娘さんも結構いらっしゃいますし、地方出身者の一人娘のお嬢さんが都会で結婚したりして、地元を離れるケースもたくさんあります。
 すると、「介護は娘や嫁がやって当然」という見えない圧力に反発する声も出てくるわけです。「いやいや、仕事もあるし」とか、「当たり前にやって!という、この男性側からの圧力ってなあに?」など。私たちの事業は、そのような介護で苦労している女性たちを、その大変さや現実から救いましょうとスタンスでスタートしたんです。

 当時は、わかってくれない男性たちが大勢いました。ただ、ここ近年は男性でご結婚されていない方も増えていて、「まさか自分が介護をする羽目になると思わなかった」という声もよく聞きます。ようやく男性たちや行政の人たちも、この保険外介護の事業が大事だということに気づいてくださいました。
 以前は「なぜ家族から介護を奪うんだ!」とか、「介護は家族がやるからからこそ美しいのに!」と大真面目に言う方が普通にいらっしゃいましたが、時代は本当に一年一年変わってきています。ただ、田舎の方に行けば行くほど、家族がやって当たり前という風潮がまだ残っていますから、そういう場合は事業を説明するのが大変です。

(神戸「介護される側も、介護する側も両方救いたいのです」)

 

高齢者へのデジタル浸透は年齢だけではなく、認知機能の衰えも重要な指標に

——地方在住の高齢者の方のデジタル事情を教えてください。

神戸)ガラケーですら持っていない高齢者は山のようにいらっしゃいます。固定電話だけの方です。年齢によって違ってきますけれども、戦前戦中生まれの方ですと、ガラケーもお持ちではない方が多く、戦後世代になってきますとガラケーは持っている、とか。さらに大きな分かれ目で言いますと、認知症かどうかで違ってきます。
 それまではガラケーを持っていた高齢者でも、認知機能に衰えが生じますとお子さん達やご親戚、もちろん介護界隈の人たちが「オレオレ詐欺にあったらどうするんだ? ガラケーを持たせておくと危ないから解約してしまいましょう」という傾向にあります。充電をすることを忘れてしまうケースも多いですし、タブレットをまな板と誤解したり、本棚に立てかけたままにしているといったケースもありました。このように、認知症がはじまってしまうとデジタルからは遠のく、もしくは遠のくような環境にさせられてしまう状況にあります。

深田)今のこの話題、ちょっと入らせてください。
 先日の日本経済新聞(6月17日)の夕刊に、年々高齢者のスマホの所有率が上昇しているという記事が出ていました。先ほどの神戸さんのお話の通り、地方に行くとガラケーすら持ってない方が多い、というのはまさにそうだと思います。この調査によると、この1年間でシニアのスマホ所有が加速しているとのことです。60代の所有率が8割、70代も6割に達しています。
 この記事がしっかり実態を捕捉できているのは、調査方法がインターネット調査ではなく、「訪問留置調査(調査員が調査対象者宅へ訪問し、調査目的や内容を説明して調査を行う訪問調査。より信憑性がある)」だという点です。ただ見落としてはいけないのは、鳥取県などではなく、関東一都六県での調査だという点です。関東圏とローカル圏の違いもあると思いますが、高齢者のスマホの所有率が上昇という事実も一部ではありますので、ひとつのファクトデータとしてご紹介させていただきました。
 そこで神戸さんにお聞きしたいのですが、スマートフォンとかガラケーを持っているけれども使わない人の傾向や特徴などはありますか?

神戸)持たない方の特徴から言いますと、やはり戦中戦前生まれの方、80代90代の方々ですね。電話が出はじめた頃がもうご隠居にも近い方たちですから、よっぽどのことがないと新しいことに挑戦なさいません。そのほか、特徴で言いますと女性に多いのですが、お父さん(配偶者)が1台持っているから自分用には要らない、だから持たない、という方が結構います。ある地方の農家さんのケースでは「お父さんが畑にガラケーを持ってきてくれるから私の分は要らない。私に電話をしてくる人はいない」と。

深田)なるほど。

神戸)先ほどの介護の話と同じです。女性は男性に服従する、じゃないですけれども、そういう風に自分で思い込んでいる高齢の女性も、特に地方にはまだまだいらっしゃるわけです。「どうせ使わないし」とか。

——スマートフォンを持っていても、その「お父さんが持っているから~」ということは、つまり使う機能はほぼ電話だけなんですね。

神戸)おっしゃる通りです。

 

スマホやタブレットを配るだけでは、デジタルデバイドは解消されません

——デジタルデバイド解消のための取り組みとして、自治体がスマートフォンやタブレットを高齢者に配るケースがあります。このことに対しては神戸さんのご意見はありますか?

神戸)ちゃんと教育する人が身近にいて、連続的に教育できれば、デジタルデバイド解消に成功すると思います。優れたモノを与えただけでは、若い人と違ってすんなり頭に入ってこないし、忘れてしまうというのは事実あります。あとは取扱説明書ですよね。昔の家電のように、親切なものが付属しているとは限らない。説明書の文字も小さいですし。ネットからダウンロードしないと読めないものもある。
 となると、誰かが隣にいて、一緒に手を動かして、手取り足取り教えることを繰り返す、そうして「はい、できるようになったね、良かったね」ということを毎日のように繰り返す、それができる環境があればうまくいくと思っています。

 弊社では、最年長の77歳のスタッフに教えることに成功しています。大学生のインターンを活用しました。その70歳を超えたスタッフの横に大学生を座らせ、ほぼ毎日、時間を短くして、ずっと弊社のシステムの使い方やLINEの使い方を繰り返し、繰り返し教えたんです。スマホを配るだけでもダメですし、例えば月一回のスマートフォン講座を開きますといってもダメだと思っています。

——まさに最近、さまざまな自治体がやろうとしていることが全部ダメ出しを食らったみたいな感じですね (笑)。

神戸)本人のモチベーション設定も重要ですしね。
① スマートフォンを使うことで働き続けることができる 
② 遠くに住んでいるお嬢さんやお孫さんとやり取りができるようになる 
この2つの目的が77歳のスタッフにはあったからこそ「何が何でもおぼえたい!おぼえてやる」という気持ちが続いたと思うんです。

——なるほど。面白そうだとか、生活が豊かになりそうだとか・・・なにか使いたくなくなるきっかけ、プラス、親身な教える行為が重要だということですね。

深田)いまのお話に関しても、先ほどのデータが参考になるかと思います。

(出典: NTTドコモ モバイル社会研究所ホームページ 「2021年一般向けモバイル動向調査」)

 

「スマホを所有した人の理由」を見ますと、「家族からのススメ」が最多、「友人からのススメ」が急増とあります。特に注目すべきなのは「女性は家族からのススメが、男性より高い傾向が見られる」という点です。私の母も、私のススメでSIMフリーのスマホ(端末を購入した会社のSIMカードだけではなく、自分の利用シーンや料金プランに合わせて自由に通信会社を変更できるのが特徴)に変えまして、結果、利用料金が毎月5,000円、年間で6万円近く節約できました。

——先ほど言われていた親身に伝えるというポイント、本当にそうだなと思いました。というのも、先だって地域の高齢者コミュニティの団体の代表者と、障害者雇用に関するコンサルティング会社の代表者にインタビューしたのですが、みなさん、「一番大切なのは親身に教えることと、そして親身に教えてもらおうと思うきっかけ、その両方が必要だ」という話を伺ったからなんです。

深田)保育園・幼稚園とご高齢のその施設が一緒になっている場所は、お年寄りがとても元気になると聞いたことがあります。小学生低学年の生徒が、高齢者にデジタルを教えるというも良いかもしれませんね。

——そこを実現できているのがエストニア(バルト海とフィンランド湾に接する北欧の国)。この国は電子政府になっていて、政府からの連絡もほぼ電子メールなどでやりとりが行われている、デジタル統治が進んだ国です。でも、デジタル社会で高齢者はあまり取り残されていないそうです。その理由は、まず核家族が少ないので、子供や孫に分からないことを教えてもらう環境があるからだということです。神戸さん、シニアの方たちのデジタルリテラシーやスキルの向上についてはどうお考えですか?

神戸)戦前戦中生まれの方々はスマートフォンやガラケーがなくても生活できる、なくても困らない方が割と多いです。だから、「誰一人取り残さない」とは言っても、必要としないと思ってらっしゃる方に強引に教育っていうのもどうかと思っています。70代~80代前半の方々に対しては、若い人たちとの接触を増やし、使い方の教えを受けながら、という環境整備が重要だと思います。あとはWi-Fi環境の整備ですね。

——どうしても、Wi-Fiを中心としたインフラの話というのは、付いて回りますね。私の家の周囲でも、高齢者対策と教育対策で一生懸命自治体がWi-Fiを整備しているようですが、まだまだ繋がらないにくいところもあるなと実感しています。深田さん、神戸さん、ここまでありがとうございました。ここで第一部を締めたいと思います。

 

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