【一般社団法人アイオーシニアズジャパン代表理事/牧壮氏インタビュー】
「配って終わり」のデジタルデバイド施策は終わりにしよう。必要なのは一人一人のシニアに寄り添って、求められる形で提供すること。「シニア×デジタル」新時代に投げかけられた実践的提言。

2021.08.22 インタビュー

 新型コロナウイルス感染症により、ますます高齢者の孤立が危惧される中で、シニアへのデジタル推進は急務とされていますが、一方で国レベル、自治体レベルでのデジタルデバイド解消への取り組みが遅々として進まないという現状もあります。果たしてその要因は何なのでしょうか。
 「欠けているのは、シニアの目線ですよ」と力強く訴えるのは、「すべてのシニアをインターネットでつなぐ」(Internet of Seniors®=略称IoS)という理念を土台に、81歳で一般社団法人アイオーシニアズジャパン(東京都港区麻布十番、代表理事:牧壮、以下人アイオーシニアズジャパンを立ち上げた牧壮(まき たけし)氏です。
 コンテンツ企画・開発、講演会、セミナー、コンサルティング、人材育成、カルチャースクールの運営といった、シニア層に向けたIT技術の知識・技術の普及、啓発、啓蒙に関する様々な事業を行うなど、まさにシニアという立場から、デジタルデバイドの解消に取り組まれています。
 まずは牧氏が「高齢化社会」と「情報化社会」を結び付けて考えるきっかけとなった「マレーシア移住」の話から、インタビューはスタートしました。
 なお、インタビューは、リモート会議システムで行いました。

 牧壮氏プロフィール…一般社団法人アイオーシニアズジャパン代表理事。牧アイティ研究所代表。e-senior® IT活用研究会主宰。1936年、山口県下関市生まれ。慶応義塾大学 工学部卒業後、旭化成工業株式会社入社。旭メディカル常務取締役、シーメンス旭メディテック副社長、旭化成情報システム社長を歴任。2000年にリタイア後、マレーシアでインターネットビジネスを実践。75歳で帰国し、中小企業の経営情報化支援の傍ら、「新老人の会」(SSA)を立ち上げ、シニアのためのインターネット教室を主宰。81歳で一般社団法人アイオーシニアズジャパンを設立。IoS(Internet of Seniors®)の啓発活動を展開中。著書『iPadで65歳からの毎日を10倍愉しくする私の方法』 明日香出版(2014年11月)、『シニアよ、インターネットでつながろう! Internet of Seniors®』 カナリアコミュニケーションズ出版(2018年12月)。

聞き手:デジタルわかる化研究所 岸本暢之
インタビュー実施日…2021年7月30日

 

帰国した日本に抱いた危機感「シニアがデジタルを使いこなせていない

――まず、牧さんが定年後に移住して、海外で新しいビジネスを始ようと思われた理由について教えていただけますか。

(牧) 私がフルタイムの仕事をリタイアしたのは2000年で、いずれ日本は高齢化社会が来るぞと叫ばれていた時代でした。同時に、情報技術が際限なく進歩するぞとも言われていて、高齢化と情報化が大きな社会トレンドとなることは目に見えていました。ところがいろんな人に聞いてまわったんですけど、両者を結び付けて物事を考えている人が当時、誰もいなかった。しょうがないな、じゃあもう自分自身が高齢化していく上で、情報技術を使って来るべき社会にどのように対処できるのか、自ら実験台となって体験してみようと思ったんですね。それで、「ネットでだけしか仕事しないぞ」という宣言とともに、パソコン2台を抱えてマレーシアのペナン島に行き、コンサルティングの仕事を始めました。

(一般社団法人アイオーシニアズジャパン代表理事 牧壮氏・・・画像左、デジタルわかる化研究所 岸本暢之・・・画像右)

――ペナン島では、実際にオンラインだけで仕事は完結できたのでしょうか。

(牧) はい、日本のみならずアメリカやヨーロッパなど様々な国の顧客とオンラインを通じて仕事をすることができました。ただ、それでもたびたび帰国をしなければいけませんでした。というのも、日本にいるお客さんとオンラインで会議をしても、その場でなかなか話がまとまらないのです。では、彼らがネットから離れた後に何をやっているかというと、居酒屋で一杯やりながら、そこで物事を決めていたんですね。対面で信頼を深めた相手でないと、物事が決められない。それが日本のビジネスのやり方だったんですよ。今ではオンライン会議も当たり前になっていますが、当時インターネットで世界中の人と仕事をして感じたのは、日本がオンラインで仕事がしづらい社会だということでした。日本に帰って私がしていたことも、大半はお客さんとの夜の飲み会でしたよ(笑)

――なるほど(笑)。ちなみに、マレーシアのペナン島を選ばれた理由は?

(牧) シニアが自己責任で海外に住むわけですから、それなりのリスクがあります。まずは安心安全に住めるかどうか、生活コストがいくらかかるか、という観点で選びました。またマレーシアは公用語が英語で、コミュニケーションがしやすいというのも大きな理由でしたね。私のようなぽっとやって来た日本人を受け入れてくれる気風もありましたし、とてもビジネスがしやすかったですよ。ペナンと日本の往復生活も最初は2〜3年のつもりが、あっという間に13年になっちゃった(笑)

――13年間もいらっしゃったとなると、逆に日本に帰ろうと思ったきっかけはなんだったのでしょう。

(牧) 現地の友人からは惜しまれましたが、日本では75歳から後期高齢者ということになりますし、マレーシアに骨を埋めるつもりもなかったので、ここを区切りとして75歳の時に帰国することにしました。戻ってみて驚いたのは、日本が高齢化社会どころか、超高齢化社会になっていたこと。そして情報化も著しく進んでいました。

(牧さんがマレーシアに行かれて以降も、日本人の平均寿命は男女ともに伸びている)
出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/19/backdata/01-01-02-06.html

(総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)も上昇、本格的な高齢化社会の到来がデータから見て取れる)
出典:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/19/backdata/01-01-02-06.html

(牧)パソコンの時代からスマホの時代へと変わっただけでなく、高速インターネットが一般家庭でもリーズナブルに利用できるようになっていました。インターネットが社会インフラとして完全に定着していたのです。ところが、海外でインターネットを通じて世界中のシニアと交流し、仕事をしてきた私は「これは、おかしい」と感じました。というのも世界一の高齢化社会とも言われる日本のシニアが、まったくデジタルを使いこなせていなかったからです。もっとシニアのデジタル活用を推進していかなければならないと思った私は、「Internet of Seniors®」の考えを広めるために、81歳で一般社団法人アイオーシニアズジャパンを設立しました。

(シニアとデジタルの良い関係の専門家として牧氏は、様々なセミナー、講演会に参加されている)

 

「デジタル化」が目的になってはいけない、求められる形で提供することが大事

――デジタルに触れるシニアがどこでつまずいているのか、私たち「デジタルわかる化研究所」にとっても大きな研究テーマのひとつではあるのですが、活動を通じて多くのシニアと交流をされてきた牧さんの目からは、この点はどのように見えていますか。

(牧) まず、つまずく前に止まってしまっているんですよ。要するに多くのシニアが「デジタルはこわい」「自分にはデジタルなんて関係ない」という先入観を抱いてしまっている。息子や娘に相談しても「いまさらデジタルを覚えて何をするんだ」「また騙されてお金取られるに決まっている」と反対されてしまいます。

――本人や家族が持っている先入観で、最初の一歩も踏み出せていないということですね。

(牧) はい。ただ今回のコロナは、シニアの認識を大きく変えましたね。外に出られず、家にこもりっきりで数週間、誰とも喋らない。友だちにも会えない、家族にも会えないという完璧な孤立を嫌というほど体験して、結局ネットにつながらないとダメだよねと、皆さんが気づくきっかけとなっているようです。コロナだけでなく災害に対する危機感もデジタル推進を後押ししています。
 ご存知のように80歳以上の方の多くが、いまだにフィーチャーフォン、いわゆるガラケーを使用しています。しかし行政がネットを通じて発表している災害情報をチェックするには、やはりスマートフォンの方が使い勝手がいいですから。シニアのデジタルへの関心がますます高まっているのは事実だと思います。

――離れて住むご家族も心配は多いでしょうから、高齢のご両親がスマートフォンをはじめとするデジタルデバイスを活用することに前向きにはなっていそうですね。

(牧) ところが、いざデジタルの世界に足を踏み入れようとすると、どこから始めたらいいかわからない、まわりに相談できる人がいない、相談できる人を見つけられないという次なる壁にぶつかり、結局それで挫折してしまう方がいっぱいいます。実はこの「相談できる人がいない」というのがデジタルデバイドを解消する上で大きな課題なんだと、私は考えています。
 自治体などの施策によって、Wi-Fiスポットの設置や、タブレット端末の配布など、ITインフラの整備は進んでいます。しかし、それらの取り組みの多くが「設置して終わり」「配って終わり」になってしまっているのが残念なところです。

 「シニア」と一括りに言っても、人によってITに対する理解レベルも違うし、生活環境によってITに求めることも異なります。定年後もたくさん仕事をしたいのか、庭仕事でもしながら悠々自適に暮らしたいのか、今後の生き方によっても、デジタルの活用の仕方は変わると思うんですよ。デジタルは単なるツールであって、「デジタル化」が目的となってはいけません。必要とされているのは、そもそもデジタルによってどういう社会を実現したいのか、私たち自身があるべき未来の社会像を描くこと、そして一人一人のシニアに寄り添って、求められる形でデジタルを提供することです。

――おっしゃる通り、いくつか自治体が独自の方策でスマートフォンをはじめとしたデジタルデバイスの配布をしているみたいですが、なかなか機能していないという話を聞きます。具体的な施策はどういったことが考えられそうでしょうか。

(牧) シニアの身の回りにいて、デジタルについてのサポートをする“デジタル支援員” 、いわばデジタルの民生委員に相当するような人材を、増やしていくことが急務だと考えています。この件に関しては総務省にも重要性を訴えてきましたし、私たちアイオーシニアズジャパンとしてもデジタル支援員の育成に力を入れて取り組んでいるところです。

(総務省では「デジタル活用支援推進事業」として、令和3年6月から高齢者向けのスマホの使い方などをレクチャーする「講習会」を実施。講師である「デジタル活用支援員」には、講習会等に参加した高齢者や、大学生・高等専門学校生など若い世代が参加する仕組みを検討している という)
出典:総務省ホームページ(https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd266310.html

 

「高齢化社会」はしがらみのない新たな領域、チャレンジのしがいはあるはず

――これまでは行政の取り組みを中心にお話を伺ってきましたが、一方で民間企業はデジタルデバイド解消に向けて、どのような取り組みができるのか、牧さんの視点から思うところはありますか?

(牧) スマホやタブレット端末、最近ではAIスピーカーやビデオ通話サービスといったデジタルツールが続々と出てきています。これまでは、まずは若い人たちが使うことを前提に開発され、ある程度普及した後に、高齢者に「さあ、シニアの皆さんどうですか?」と降りてくるという流れが普通でした。これではシニアは使いこなせません。
 私が提案しているのは、開発や研究段階からシニアをメンバーに入れてほしいということです。そうすれば、製品としてリリースされる前に、シニアの目線から「こういう機能も足してほしい」とリクエストができますよね。今こそ「シニアファースト」のデジタル活用を考えてもらわないと、情報化社会から高齢者がますます取り残されてしまいますよ。

――実際に牧さんの会社でも、企業や大学との商品開発支援などの取り組みは多いのでしょうか。

(牧) はい。シニア向けの商品を作りたい、ビジネスをしたいという相談はこれまでにもたくさんいただいてきました。ただ残念なのが、僕もいろいろとアドバイスをさせていただく中で、担当者レベルでは「ぜひやろう」と盛り上がるのですが、結局上の人間からの承認が得られずにプロジェクトが “おしゃか”になってしまうケースが多いんです。物事を決める役員クラスの人間が高齢化社会についてまったく理解していない。とても、もったいないと思います。

 だから僕がよく言うのは、会社の企業方針、企業理念の中に、高齢化に対する経営ポリシーを入れませんか、と。企業の方針がシニアに向いていれば、会社全体として動きやすいですからね。

――確かに「情報化」には目が向いていても、「高齢化」に対する視点を取り入れた企業はまだ少ないように感じますね。いろいろとお話を伺ってきましたが、最後に牧さんの今後の展望についてお聞かせいただけますか。

(牧) マレーシアに移住してから約20年、自分自身の理念にもとづいて行動してきましたが、その理念が間違いではなかったことを実感しています。折しもコロナの影響で、「すべてのシニアをインターネットでつなぐ」というスローガンは、もはや「啓蒙」ではなくて「実践」の時代になってきています。社会全体がその方向に向かおうとしている中で、私自身がいつまで動けるかというのは、また別問題ですから。これからは、共通の理念を持った企業や組織と共同戦線を張って取り組んでいきたいと思っています。だから、御社のような大きな組織、しかも「広告宣伝」のプロがデジタルデバイド解消の活動に動き出していただいていることに、すごく私は期待しているんですよ。

(一般社団法人アイオーシニアズジャパン代表理事 牧壮氏・・・画像左、デジタルわかる化研究所 岸本暢之・・・画像右)

――ありがとうございます(笑)。その言葉を肝に銘じます。

(牧) 高齢化社会というのは、まだ歴史の浅い社会です。しがらみがないから、本当は「シニア×デジタル」というのは、新しいことをしやすい領域ではあるはずなんですよ。それが前に進まないということは、もう日本人にやる気がないんじゃないかとしか思えない(笑)。 

 世界一の高齢化社会であり、最先端の情報技術を持っている国が、「高齢化」と「情報化」を結び付けられないというのはもったいないことです。あらゆる組織がそれぞれの強みを持ち寄って助け合えば、シニアフレンドリーな情報化社会の実現も、決して不可能なことじゃないと思います。

<編集後記>
 「すべてのシニアをインターネットでつなぐ」を理念として、高齢者のデジタル活用を啓蒙・促進させるために牧さんが発足した、一般社団法人アイオーシニアズジャパン(IoSJ)の活動も4年目に入るそうです。「今年の8月でもう85歳になるんですよ」とおっしゃる牧さんは、リモートの画面越しにもとても若々しく見えました。とても快活にわかりやすく、「すべてのシニアをインターネットでつなぐ」ことで超高齢化社会におけるシニア世代の社会問題や課題、デジタルデバイドをどう解決していくか、どのような高齢化社会をつくっていきたいかを、IoSJの活動を通してご紹介いただきました。

 デジタルに触れるシニアがどこでつまずいているのかの洞察は、私たち「デジタルわかる化研究所」にとっても大きな研究テーマのひとつです。ところが牧さんは笑いながら「まず、つまずく前に止まってしまっているんですよ」とおっしゃいました。「デジタルは何となくこわい」「安全じゃない」「身内からいまさらやめろと言われる」「自分には関係ない」「今のままで十分。自分にはデジタルなんて必要ない」・・・そんなつまずく前に止まっている方々に、一歩前に動いてみようと思っていただかないと、社会問題としてのデジタルデバイドは解決していかないのだと、改めて思うことができました。

 この1年半、世界はコロナ禍という予期しなかった事態に立ち向かうこととなり、改めて人々のデジタル活用がクローズアップされました。社会のデジタル化が加速される中、コロナ禍は様々な場面で、シニアに周囲や社会との断絶という試練をもたらしたのかもしれません。そのような状況下こそ、「すべてのシニアをインターネットでつなぐ」という理念は、新しいデジタル高齢化社会に推進をもたらす、あるべき姿になっていく気がします。
 インタビュー終了後の雑談で、牧さんは「シニアをインターネットで社会につなげることができれば “社会に支えられるシニア”から“社会を支えるシニア”をつくり、誰もが幸せになる高齢化社会の実現が可能になります」と力強くおっしゃいました。当研究所も、ぜひそのビジョンの実現を共に目指させていただきたいと思いました。

デジタルわかる化研究所 岸本暢之

 

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