【輪島塗の老舗・田谷漆器店10代目の塗師屋 / 田谷昂大氏インタビュー】
デジタル活用に活路 伝統工芸・輪島塗の若き塗師屋が挑む「全日本人 輪島塗化計画!」

2022.02.04 インタビュー

 

守るべき伝統とデジタルの活用によって広がる可能性

――先ほど話に出たサブスクサービスだけではなく、田谷さんは、料理ベラのクラウドファンディング、オンラインショップ、SNS、YouTube、海外販売など、日本の伝統工芸品の世界で今までなかなかやられてこなかったデジタル活用に積極的にチャレンジされています。田谷さんが考えるデジタル活用のメリットを教えてください。

(田谷)今の時代の人たちをターゲットとした時に、伝統工芸品を使っていただく入り口を広げてくれるものだと思っています。ウェブで伝統工芸品の背景やストーリーを知って購入してくれる人も多いんですよ。背景やストーリー性を伝えるのは、置いてある器を手に取るよりもデジタルの方が優れています。それに加えて、器を触った感じや質感も伝えたいので、デジタルとアナログの融合が大事なんです。ある程度のブランド力があればネットだけでも売れるとは思いますが、まだまだ会社のブランド力がない私たちは、デジタルとアナログのどちらも欠かすことはできません。

――伝統工芸の情報発信、生産性、販路の拡大をデジタルの活用によって強化していくということですね。

(田谷)今までの良くなかったところは、せっかく良いものを作っているのに、その良さをアピールをしてこなかったことなんです。この先、伝統工芸を守るためには、当たり前のことですが、たくさん伝統工芸品を売るということが求められます。たくさん売って、自分のためだけではなく、産地全体に還元することが大事なんです。   
 わたしたちは輪島塗のブランドにあやかって仕事をしているので、輪島塗を前面に出した上で、その次の目標として田谷漆器店を目立たせたいんです。今は個々が目立っても勝てる状況じゃないので、業界のみんなで輪島塗をどんどん押し上げていきたいですね。

――経営や商品開発の部分では何かデジタルを活用していますか?

(田谷)デザイン、マーケットチャンネルの開拓など、今までだと自分たちでやらなければいけなかったことが、簡単にアウトソーシングできる時代になりました。これは小さな伝統工芸の会社からするとメリットしかないです。伝統工芸品は、作り方などの情報は開示されていることがほとんどなので、何か情報が漏れても関係ありません。もちろん門外不出の部分もありますが、わかっていても作ることができないことこそが、わたしたちの優位性なので、僕だけでなく、若い塗師屋は、リスクは恐れずに、積極的にデジタルを活用してアウトソーシングを行っています。経営や商品開発の分野でのデジタル活用は、まずはそこですね。

――業界主導で、何かデジタル活用の取り組みを進めていることはありますか?

(田谷)業界組合というよりは、石川県でかなり積極的に、伝統工芸業界でデジタルを活用していこうという動きがあります。オンライン商談会を開いていただいたり、伝統工芸の企業と外部の企業とのマッチングを行ってもらっています。僕らも地方銀行との勉強会を通じてデジタルを活用しようという話になり、3社だけではありますが共通で在庫管理をしています。漆器業界というのは、在庫過多が大きな課題でした。そこで自分のところに在庫がない時に他の2社に在庫がないか確認し、在庫があればお客様に提供できるという体制をデジタルツールを活用して作りました。在庫の共有化はデジタルならではですし、すぐに対応できるのもデジタルを活用しているからこそだと思います。

 ただ、この在庫管理の取り組みに関しては、石川県で参加募集をかけたのですが、100以上ある塗師屋のいる事業所の中で手を挙げたのが、私を含めて若手が塗師屋をやっている3社だけでした。これはまさにデジタルわかる化研究所さんが仰られていた、業界における企業間のデジタルデバイドが現れている典型例だと思います。

(個人向けと飲食店向けの両方がある漆器のレンタルサービス。毎月届くコースと単発コースがある。)

 

伝統工芸業界のデジタルデバイド。デジタル化が進む社会に、なぜデジタル化が進まないのか?

――たった3社ですか・・・。田谷さんのような若い塗師屋がいる企業はデジタルの活用に積極的ですが、輪島塗の業界全体のデジタル化への足並みは揃っていないということですね。

(田谷)塗師屋でデジタルを経営や商品開発、マーケティングに活用している人間は、3、4人ぐらいだと思います。みんなどちらかというと若い人間が多いですね。
 ただ個人的には、世の中は常にイノベーションが起きているのに、自分自身その動きに全然ついていけていないと感じています。伝統工芸の分野、輪島塗の業界内では活用できている方かもしれませんが、最前線の業種業界に比べたらかなり遅れていると思います。

――未来を見据えると、デジタルデバイドや情報格差が、そのまま経済格差につながっていく可能性は大きいと感じます。それでも大多数の方がデジタルを活用しないのはなぜでしょうか。

(田谷)デジタルの活用をしなくても、現状なんとかなっているからだと思います。そもそも後継者がいないという会社が多いことも事実ですが、輪島塗の場合は、減っているとは言っても昔からのお客様、そして補修や修繕などで何とかなるケースがあるのです。
 また、業界内にもデジタルが嫌いな人たちが一定数いるのは確かです。中には「デジタルで商売するのはうさんくさい」という考えを持っている人もいます。また、「デジタルはわからないからお手上げ」「今からやる気はない」という人も多いですね。

――このコロナ禍で、廃業される事業所も多いんでしょうか?

(田谷)実はコロナ禍でも廃業している会社は少ないんです。しかし、後継ぎがいなくて困っているところは多いです。しかもそのような会社は、特にデジタル化へのチャレンジもしようとしないですし、アドバイスをする人もいません。挑戦をしないところは、これからの時代を生き残るのは、さらに難しくなっていくのではないかと個人的には思っています。

――今の現状を守るだけであれば、デジタルが必要ないと感じている事業者がほとんどということですね。

(田谷)はい。今現在で言えば、輪島塗を一番購入してくれる世代は60代、70代です。その世代に対してデジタル化を急ぐ必要はないですよね。対面やFAX、電話でやり取りができ、直接販売、直接訪問して販売することができるので、今すぐデジタル化をする必要に迫られてないのだと思います。

――しかし、それでは縮小均衡に陥る可能性がありますよね。輪島塗業界全体の底上げが重要と、先ほど田谷さんは仰っていましたが、輪島塗業界がデジタル化するためにはきっかけが必要かと思いますが、そこについてご意見を伺わせていただけますか?

(田谷)輪島塗、もしくは身近な伝統工芸の事業者で、どこか1社がデジタル化によって成功すること。それも少し成功しているくらいではなく、誰が見ても大成功しているというケーススタディがあると、業界も変わるのではないでしょうか。当社がそのケーススタディの一つになれるように、がんばっていくつもりです。

(田谷漆器店・田谷家10代目田谷昂大さんとデジタルわかる化研究所・岸本暢之)

――期待しております。最後に今後に向けた抱負、展望などをお聞かせください。

(田谷)僕の一番の仕事は、会社を守る、自分の生活を守ることです。でも、伝統工芸に携わっている以上、次の世代にバトンタッチすることも重要な社会的責務だと思っています。自分の中での最終的なゴールは、自分のブログなどでは「全日本人 輪島塗化計画!」などと呼んだりしているのですが(笑)、日本の家庭で輪島塗の味噌汁椀が使われている世界を作ることです。

 輪島塗の味噌汁椀で味噌汁を飲んだ時の感動は、日本人なら誰もがわかってくれるはずですし、そんな社会が到来するように、新しいやり方にチャレンジする気持ち、勇気を持ってデジタルを活用してPR・販売することに全力を注ぎたいと思います。

――本日は貴重なお話を、どうもありがとうございました。

<編集後記>
 国内旅行の目的地として、特に女性に大人気の石川県金沢市。コロナ禍の平日ということもあり、いつもの金沢に比べると人通りは少なかった気がしますが、オシャレな店が立ち並ぶ木倉町の一角にあるレストラン、「CRAFEAT(クラフィート)」でインタビューは行われました。
 保守的ともいえる伝統工芸品の世界において、業界の風雲児ともいえるほど、様々なチャレンジを行っている田谷昂大さんは、物腰の柔らかな、それでいて面白い話を次から次へと話してくれる、見た目とは裏腹なパワフルさを感じさせてくれる方でした。
 自社ブランドをこれからどうしていくか?という話をこちらから振ってみた時に、「自社ブランドよりも今は、自分が様々なチャレンジをしていくことによって、輪島塗業界全体に貢献したいと思うんです。僕ら塗師屋の使命は、輪島塗の魅力を伝え、市場を拡大し、多くの方に買っていただき、そのお金を職人たちに還元していくことなんです。職人がいなければ輪島塗はないんです。後継者不足、職人不足がこれ以上進まないように、業界全体を押し上げていくことが、今はやらなければならないことだと思っています。」と語っていた時の強い眼差しがとても印象的でした。縮小しつつある業界に活力を与えるのは、こういう目を持った若い挑戦者なんだろうと思わずにはいられませんでした。
 高齢化が進む業界、保守的な業界がデジタル化の波に晒されるとき、必ずデジタルデバイドが顕在化すると思います。我々も、一つ一つ事象を理解し、伝統工芸の世界にも横たわっているデジタルデバイドに真摯に取り組んでいきたいと思います。

デジタルわかる化研究所 岸本暢之

 

1 2
連載コンテンツ一覧を見る