【輪島塗の老舗・田谷漆器店10代目の塗師屋 / 田谷昂大氏インタビュー】
デジタル活用に活路 伝統工芸・輪島塗の若き塗師屋が挑む「全日本人 輪島塗化計画!」

2022.02.04 インタビュー

 古きよき伝統工芸の世界。そこには代々受け継がれてきた守るべき技術の継承があります。しかし、同時に、時代に合わせて、柔軟に変化していかなければならないことがあるのも事実。職人の高齢化と減少、この30年での市場の縮小、そしてコロナ禍で、日本各地の伝統工芸品は危機に直面しています。
 石川県・輪島で生産され、全国の漆器産地で初の国の重要無形文化財の指定を受けた輪島塗とて、その例外ではありません。輪島塗の生産額の推計は、1991年の年間180億円をピークに年々減り続けていて、2018年は38億円まで落ち込んでいます。さらに輪島塗にかかわる職人などの数も、高齢化・後継者不足などの理由により、ピーク時の半分以下になっています。
 そんな輪島塗の世界で新しい挑戦を次々と続ける若き先駆者、田谷漆器店十代目・塗師屋・田谷昂大さん。彼の挑戦を支えるデジタル活用、そして輪島塗業界内で田谷氏が感じているデジタルデバイドについて、お話を伺いました。

田谷昂大(たやたかひろ)プロフィール
 創業200年超の田谷漆器店、漆器プロデューサー、若き塗師屋。創業200年の老舗、田谷漆器店10代目。輪島塗生産額が過去最高の年である平成3年、田谷昭宏現社長の長男として輪島に生まれる。東京の大学を卒業後、外資系ホテルで働いたのち、24歳で輪島に帰郷。田谷漆器店入社。現在30歳。
 伝統にデジタルを駆使した新しいチャレンジを加え、法人向けの販売やネットでの販売を開始。さらに海外販売や漆器レンタル・サブスクリプションサービス、金沢に伝統工芸品を楽しめるレストランの開設、クラウドファンディングを活用した商品の販売など、業界に新風を巻き起こす漆器プロデューサーとして奔走している。目標は「全日本人 輪島塗化計画!(全ての日本人に輪島塗を普段使いしてもらうこと)」。
田谷漆器店サイト

聞き手:デジタルわかる化研究所 岸本暢之
インタビュー実施日:2021年10月13日

 

(左から、8代目・勤さん、9代目・昭弘さん、10代目・昂大さん、母・早由里さん、祖母・静子さん。)

 

高度な分業制と塗師屋の存在にみる輪島塗の奥深き世界

――まず、輪島塗とはどんな伝統工芸品なのか、教えてください。

(田谷)輪島塗は、石川県輪島市で作られている漆器で、堅牢性と優美さを兼ね備えていると言われています。決められた124もの工程を踏んで初めて輪島塗として名乗ることができるんですが、その工程の中でも、歪んだり欠けたりしないように、「布着せ」という、下地に布を貼る工程があること、輪島特産の珪藻土を下地に塗ること、そして下地から上塗りまで天然漆を使っていることが大きな特徴です。

――一つの漆器を作るのに、何人くらいの職人さんが関わっているんでしょうか?

(田谷)輪島塗は、高度に分業化された124の工程に分かれていて、11の職種があります。それぞれ専門の職人が作業を行います。うちの漆器店では6、7人の職人が流れ作業で商品を作っています。

――田谷さんは塗師屋というお仕事をされています。具体的にはどういったことをされているんでしょうか?

(田谷)昔から輪島塗は分業制を敷いていて、作る人と地方を回って販売に行く人で役割が別れていたんです。前者が職人で、後者が塗師屋です。作業の統括を行い、どのようなものを作るのかを決め、実際に工程通りに作業するのが職人です。対して、お客様のご自宅に伺って直接販売し、デザインや使い心地など、様々なフィードバックをもらって、次の商品作りに活かす役割を担うのが塗師屋の仕事になります。
 江戸の中期から、塗師屋は自ら船に乗り、全国各地の顧客を訪問して、行商のなかで流行やスタイルを探っていき商品開発にも活かしていたんです。

――田谷さんのやられている塗師屋とは、単に販売するだけではなくて、マーケティングや商品開発にも関わるんですね。

(田谷)そうですね。輪島塗漆器の中の、いわゆる漆器の総合プロデューサーですね。僕は商品開発をしたり、新しいデザインを作ったりすることが苦手な塗師屋ですが(笑)、マーケティングと、お客様から言われたものを着実に作るという事には自信があります。

(インタビューは田谷さんの経営するレストランで、輪島塗食器を使った料理を楽しみながら行われました)

 

上京して気づいた輪島塗の魅力 そして輪島塗の世界へ

――若くして田谷漆器店の10代目となりましたが、どういった経緯で家業を継いだのでしょうか? そのときの心境や想いを教えてください。

(田谷)実は大学生になるまでは、輪島塗に携わろうと考えたことは、一度もありませんでした。家でも家業を継げと言われたことは一度もありませんでしたし、地元にも輪島塗にも全く興味がありませんでした(笑)。それまで身の回りに輪島塗がある生活が当たり前で、輪島塗がどれだけ魅力的で、優れたものなのか、そのありがたみには気づいていなかったんです。

 でも、大学生のときに東京で1人暮らしを始め、量販店で購入した廉価なお椀を使って気づいたんです。「輪島塗なら〝当たり前〟のものがない」と。輪島塗は、手にすっぽりと馴染んで、口当たりもなめらか、そして保温性も高いんです。今まで、いかに素晴らしいものを使っていたのかってことに気がつきました。そして、将来は僕自身が心の底から信じられるものを販売してお金を稼ぐ商売ができたら幸せなんじゃないかと思ったんです。  

 心の底から信じられるものは何かと考えたときに、輪島塗に行き着いたんです。輪島塗ほどみんなが集まって、1つのものを作ることに対して一生懸命にやっている伝統工芸品は他にないんじゃないかと思いました。これほどまでに細かく分業制を敷いている伝統工芸品も珍しいですし、輪島塗の面白さに気づき、この世界に戻ることを決意しました。

――伝統工芸はビジネスとしては下り坂と言われることもあると思います。いざその世界に入ることになったとき、どのようなことをお考えになりましたか?

(田谷)正直、僕も下り坂だと思っていました。24歳の入社当時は、「伝統工芸って、従来のやり方では、こんなに儲からないんだ」・・・とも思ったものです(笑)。しかし、よく考えてみれば、文明開化の時期はもっと大変だったはずです。海外の物がどんどん入ってきて、日本のモノよりも海外のモノへの志向が今よりも強かったと思うんですよね。それでも日本古来から続いているものがあります。

 輪島塗は江戸の中期から今に続く伝統工芸品です。流行り廃りは今後もあると思いますが、日本人が和食を食べる時に必要な器であり、和食の文化、日本の文化がなくならない限り、ゼロになる世界ではないと考えました。

 

伝統工芸業界に潜む課題と、未来を創り出す数々の経営転換のチャレンジ

――家業を継ごうと決めて、東京から輪島に戻って来たときに感じた課題や問題意識について教えてください。

(田谷)戻ってきて最初に感じたのは、輪島塗が必ずしもすべての日本人に必要とされていないということです。輪島塗の漆器じゃなくても食事はできるわけです。絶対に必要なものではないということが、輪島塗全体の課題ですし、個々の輪島塗に関わる数百の会社の課題でもあります。だから、輪島塗があることで生活が豊かなになるということをもっと伝える努力をしないといけないんです。そこが僕ら・・・特に塗師屋の仕事のはずなのに、まだまだ足りないと感じました。

――業界や個々の会社が変えなければいけないところは何だとお考えですか?

(田谷)新しいこと、時流に合ったことにチャレンジすることですね。皆さん今までの経験が長すぎて、「こういうことで失敗してきたから、これをやったらダメ」という制約が多かったんです。伝統工芸の会社なので保守的な考え方が強いんですね。たしかに、一番大事にするべきなのは、今までの作り方や培ってきた伝統であって、それを壊す必要はないと思います。でも新しいものをどんどん掴みに行かない限り、豊かな未来はないとも思っています。

(本人がプロデュースする金沢市木倉町の”伝統工芸体験型レストラン“「CRAFEAT(クラフィート)」)

――田谷さんにとってのチャレンジの一つに「CRAFEAT」(金沢市にある進化形和食レストラン)があるかと思いますが、このお店を開いた動機や、このお店にかける想いをお聞かせください。

(田谷)輪島塗や、多くの伝統工芸品の発展は和食と共にあったと思っています。だから、僕は汁椀でお味噌汁を飲んでいただければ、輪島塗の良さが一番伝わると信じています。でも輪島塗の漆器を使って食事をする機会ってなかなかないじゃないですか。俗にいう高級店で輪島塗を使っているお店はたくさんありますが、高級店に行ける人ってそこまで多くないと思います。だから、輪島塗を日常的に多くの人が使える場所を作りたいと思ったんです。

 お店のコンセプトは輪島塗や石川県の伝統工芸品の器だけで食事ができること。そしてコース料金が8000円と、何かいいことがあった時に気軽に行けるような価格にしているんです。本来、食体験が輪島塗の販売の鍵であるはずなのに、作るところを見学したり、自分で作る体験ができるところばかりで、使う体験ができるところがなかったんです。だからこそ、使う体験ができる場所を作りたくて、この店を始めることにしました。

――素晴らしいチャレンジですね。ただコロナ禍があり、開店のタイミング的には難しかったのではないでしょうか?

(田谷)逆にコロナだったからこそ始めようと思ったんです。金沢は飲食過密市場だったので、飲食店を開業できる場所がありませんでした。でも、コロナの影響で僕らでも借りられる場所が空くんじゃないかと考えていました。緊急事態宣言が出るたびにヒヤヒヤしていますけどね(インタビューは2021年10月13日に行われました)。

――また、WEBサイトを通じて輪島塗漆器のレンタルサービス、いわゆるサブスクにもチャレンジしていますよね。https://www.wajimanuri.co.jp/rental/

(田谷)そうですね。レンタルサービスを利用して、輪島塗の良さに気づいて、実際に購入してくれる方もいました。活発に動いているサービスではないですが、輪島塗の購買意欲を掻き立てるという面では、その影響力は小さくないと思います。

――レンタルサービスは、どんな人が利用できるんですか。

(田谷)個人でも、飲食店でもご利用いただけます。

――個人へのレンタルサービスは、田谷さんの求めている「普通の人に、日常使いで輪島塗の良さを伝える」ことに直接つながっていますね。

(田谷)従来の百貨店の展示会や外商として回る個人宅の対面販売だけでは、輪島塗の良さが響く可能性のある人に、輪島塗を届けることができていませんでした。だから、レンタルサービスを通じて体験を提供したいと思ったんです。お客さまが漆器と親しんで、輪島塗の魅力が広がっていくと嬉しいです。購入するにはハードルが高いと感じる価格であっても、レンタルなら手にとってもらいやすい価格になります。
 それ以外に実施している漆器職人が使うヘラをアレンジした料理ベラをクラウドファンディングで売り出したこともそうですが、輪島塗のファンを増やすための未来への投資と考えると効果は大きいです。

(CRAFEAT店内では、実際に料理にも使用される様々な輪島塗漆器が陳列され、販売もされている)

(次ページに続く)

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