【スポーツライター・ファルカオフットボールクラブ代表 / 瀬川泰祐氏インタビュー】
持続可能なスポーツ環境を作るために。デジタルの普及プロセスとデジタルデバイドを考察する。

2022.01.13 インタビュー

 

デジタル導入の際に必要な、アスリートの保護者のデジタル活用への理解。

――次にチームで導入されているGPSデバイス「Knows」について聞かせてください。育成年代でGPSデバイスを導入している街クラブはあまり聞いたことがありません。どのような経緯で導入したのでしょうか。

(瀬川)我々が導入しているデバイスでは、心拍や脈拍などのバイタルデータ、走行距離や走行スピードなどのパフォーマンスデータを収集することができます。そこで得られるデータをもとに、仮設・検証を行なって指導に活かしています。

 これまで、選手たちへの指導や評価は、指導者の主観に頼らざるを得ませんでしたが、データを使えば指導に客観性が生まれる・・・と思ったことがきっかけです。日本では、Jリーグや、高校サッカーの強豪校など、トップレベルのカテゴリーで導入があるぐらいですが、海外では、何年も前からジュニア年代で導入されています。小さな街クラブが導入している前例はほとんどありませんが、だからこそ挑戦し、長く継続することで生み出せる価値があるのではないか・・・と考えて導入を決めました。

――導入の際に苦労した点はありましたか?

(瀬川)保護者の理解を得ることが重要だったので、どんなデータが取れるのか、それをどう生かすのか、どれくらいの費用負担が必要なのかをきちんと説明しました。ご存じのように、デジタル活用に対する理解度には家庭間で差があります。まだ十分とは言えませんが、継続して積極的に理解を促していきたいと思っています。

――データからどんなことがわかるのでしょうか?

(瀬川)選手ごとに、走行距離や走行スピード、スプリントの回数、ステップ数、心拍数の回復度合いなどがわかります。中でも面白いのが「根性」という数値で、心拍数が上がって苦しい状況の中で、どれだけチームのために走ったかがわかるんです。その数字を見ていたら、足が遅くていつも淡々とプレーしてやる気が感じられないと思っていた選手が、実は心臓をバクバクさせながら必死に頑張っていることがわかりました。

 それまで、他の選手との比較やコーチの主観でしか選手を評価できなかったので、選手個人の成長に評価軸を持てるようになったのは導入してよかった点です。

(選手たちにGPSデバイス「Knows」を装着しているところ。Knowsはサッカー元日本代表の本田圭佑選手が監修している)

――そういったデジタルデバイスのスポーツへの活用で、いま感じている課題はありますか?

(瀬川)保護者や選手へのフィードバックが難しい点です。本来はもっとフィードバックしてあげたいのですが、選手のポジションや求められる役割、試合の展開やピッチコンディションなどの外部要因に影響されるので、単に数値の羅列を見てもらってもなんの意味もありません。
 保護者の方に数値をそのまま見せた結果、「A君はこんなに走っているのに、なぜお前は走行距離が少ないんだ!」という親子の話になってしまっては本末転倒です。だから、我々がさまざまな要因を踏まえた上で数値を分析し、子どもたちへの指導やトレーニングへの反映に使っていることを伝え、理解していただいているというのが今のところの現状です。

――選手たちも自分のデータには関心があるのでは?

(瀬川)自分のパフォーマンスが可視化されるので、はじめは数字を知りたがります。でも毎回同じ項目の数値を見ているだけなので、すぐに飽きちゃうんです(笑)。しかし、このような取り組みは継続することで生まれる価値があります。目の前の数値に一喜一憂するのではなく、データを蓄積し、2次元的なデータをいかに3次元的に捉えて、指導に反映させることができるかを地道にチャレンジしていこうとしている段階です。

 

スポーツ指導者、クラブ経営者にも、デジタルデバイドは存在する。

(取材に応じる瀬川泰祐氏。)

――クラブの収益性を向上させていく上で、他になにかデジタルデバイスやデジタルツールの活用をお考えですか?

(瀬川)現状では、これ以上の選手のためのデジタルツール導入は考えていません。データ分析に割ける時間が少ないことと、データ分析に長けた人材の確保が難しいことの2点が理由です。データを見て、選手の調子の変動に気づいたり、怪我の防止に役立てたりできるのが理想ですが、我々には、今のところそのような専門家を雇用する体力はないので、自分たちができる範囲で行なっている段階です。経営的な側面からのDXツールも導入はこれからですね。営業的側面で言うと、ホームページやSNSなどは積極的に活用しています。

――スポーツ指導者の世界、クラブ運営の世界で、デジタルデバイドの存在についてのお考えをお聞かせください。

(瀬川)これはめちゃくちゃ存在すると考えています。スマホしか使えない人もいますし・・・単純にパソコンでのSNS配信ですら使える人と使えない人、使う人と使わない人がいます。デジタルツールと聞いた瞬間に取り組む検討をやめてしまう指導者、クラブ経営者も、年齢問わずまだまだ多いと思います。
 ただ、こういったデジタルデバイドが、選手指導の差、そしてクラブの経営の差に繋がっていく可能性は大きくあるかもしれません。そういったことに対する意識改革さえ行えれば、そこにチャレンジするメリットは非常に大きいと思います。

 我々も導入を検討してから、デジタルに取り組む感度の高い人たちと情報交換をする機会が増え、指導者のスキルが向上するなど、導入をゼロから検討したからこそ得られるメリットもありました。また、同じGPSデバイスを導入している高校とコミュニケーションが生まれ、それがきっかけで、うちのクラブの選手がその高校に進学することが決まったというケースもあります。スポーツクラブのデジタル化ですら、このような副産物が生まれているのが興味深いところですし、我々にとっては、早期にチャレンジした結果のひとつだと思っています。

――このようにスポーツ界にも存在するデジタルデバイドって、どう解決していくのが良いのでしょうね。

(瀬川)少し話が逸れますが、私は2008年ごろから10年以上にわたり、コンサートやプロスポーツ興行のチケットを紙からデジタル化する取り組みを行なってきました。でもチケットのデジタル化はなかなか進まなかったんです。なぜかというと、「スマートフォンを使いこなせない高齢者は?」「スマートフォンを持っていない子どもは?」とターゲットの属性を懸念したり、「もしも入場する際にトラブルが起きたら、誰がどのように対応するの?」ということを考えていったり。そして現場にかかる負担が大きくなり、経営層と現場の間に温度差が生まれていたんです。その結果「今回は10%だけデジタルチケットで販売しよう」と、導入が限定的になることが多々ありました。しかし2020年にコロナが大流行し、誰が入場したかを主催者側が把握しないとイベントが開催できなくなりました。すると、チケット保持者の追跡ができるデジタルチケットの普及が一気に加速したんです。

 結局、スポーツ指導者の世界におけるデジタルデバイドについても同じで、今後デジタル活用の有無による評判などの格差が拡がり、必要に迫られれば、指導者は勉強せざるを得なくなります。「やれるかやれないか」ではなく、「やるしかない」という一択にしないと、デジタルにチャレンジしない人のデジタル活用、デジタルスキルの習得は進まないのかもしれませんね。

――大きな環境要因の変化や、強烈なトップダウンが必要ということでしょうか。

(瀬川)トップダウンが機能するのは、組織構造がシンプルなときだけのような気がします。我々のような小さな組織の場合は、経営サイドと現場サイドの2者間で合意が取れさえすれば、一気通貫で進められますが、組織があまりにも大きいと、たくさんの人が絡むので、何らかしらの温度差が生まれて浸透していかないことが多いんじゃないでしょうか。

 

日本のプロスポーツ界の現状から紐解く、デジタルデバイドと資本力との関係性

――ここからは、スポーツライターの瀬川さんとしてお話を聞かせてください。日本のスポーツ界は、海外と比べるとデジタル関連の技術導入が遅れているという話を聞きます。それはなぜでしょうか?

(瀬川)欧米と比べると日本のスポーツ市場は小さいので、全体的に見たら技術導入が遅れている側面は否めません。海外のスポーツIT企業も積極的に進出してきませんしね。ただ、最近は日本のスポーツ界にも大手資本が入り、デジタル活用が進んだ事例は増えてきました。結果的に、日本のプロスポーツ界でも、デジタル格差が広がっていると感じます。

――チーム間でデジタル格差が存在するのは、資本力が根本的な原因だとお考えですか?

(瀬川)例えば、サッカーの場合は、Jリーグが加盟チームに対して、「ワンタッチパス」というマーケティング活動のための共通基盤を提供しているので、そこに大きな格差は出ないはずなのです。プロスポーツの世界には戦力均衡という考え方があり、移籍に制限があったり、昇降格制度があったりします。
 しかしそれでも各クラブはマーケティング戦略でも差別化をはかろうと、そこに独自の機能をつけ加えたり、効率化をはかったりします。例えば横浜ベイスターズのように、IT企業の資本が入り、人とお金が注入されると、デジタル活用は活発になります。その点では、プロスポーツの世界は、責任企業、親会社のデジタル活用への力の入れ具合が色濃く反映されていて、わかりやすいですよね。

(スポーツライターとしてプロスポーツの取材をする瀬川氏。プロチームのデジタルマーケティングに携わった経験も持つ)

――マーケティングデータを使ってリピーターを増やすことで収益力が上がるなら、投下資本は回収できるはずですよね。なぜ多くのチームはそこまで行かないのでしょうか。

(瀬川)近年のプロスポーツ界でも、自分たちでマーケティングデータを囲い込み、その中でPDCAサイクル回して収益化を図ろうという考え方が主流になりつつあります。でも結局、まだまだ経営者と現場の温度差やリソース不足もあり、担当している現場の人たちに、「やらされている感」があったり・・・どうデータを活用すればいいかがわからない人も多いのが現状なのではないでしょうか。

――近年プロスポーツの世界では、デジタル人材を積極的に採用しようという動きはあるのでしょうか?

(瀬川)実は日本のスポーツ界には、報酬が低いという課題があります。このためデジタル人材のような優秀な人材が入りにくいと言われています。また仮に優秀な人材が入ったとしても、そのような人たちを正当に評価することができていないという側面もあります。いい人材が評価されず、出て行ってしまうという悪いサイクルは断ち切らないといけません。

――本来はクラブにとって必要な人材なのに、経営陣と現場の間にギャップがありすぎて、採用に結びつかないケースもあると聞いたことがあります。そのようなことがなぜ起こってしまうと思いますか?

(瀬川)現場で本当に必要としているかどうかが重要だと思います。経営層が必要だと考えていても、運営や強化の現場で疑問が残っているようでは、デジタル活用はうまく進みません。結局、デジタル活用やデジタルツールの導入って、一人だけ頑張ってもダメで、組織を構成する全員が、デジタル導入後のビジョンを自分ごと化するといった企業文化が伴わないと、成功しないのだと思います。

 

アスリートのセカンドキャリア問題に潜むデジタルデバイド

――もう1つお聞きしたいのが、セカンドキャリアの問題です。プロ選手に限らず大学生アスリートなども含めて、スポーツ選手が引退した後に、デジタルデバイドに直面することってありませんか?

(瀬川)それは確かに非常に多くあると思います。スマホが使えてもパソコンが使えないとか・・・。現在のデジタル化している社会環境の中では、最低限のデジタル活用のスキルがないと、ビジネスで活躍できるシーンは、非常に限定的になってきますよね。

――そういった引退後のことも考慮した、アスリートに対するキャリア支援の仕組みはあるのでしょうか?

(瀬川)キャリア教育を実施している組織はありますが、一部の所属チームやリーグ・協会に限られており、アスリート全体には行き届いていないと感じます。実はセカンドキャリアの問題は、スポーツ界に横たわる大きな課題のひとつといえると思います。

――いわゆるセカンドキャリア問題の原因はどこにあるとお考えですか?

(瀬川)大きな要因の一つに、スポーツ推薦という制度があると思います。日本では、スポーツだけをやっていても進級・進学できてしまいますが、それでは引退後のことが一切考慮されていません。引退が30歳だとしても、アスリートはサラリーマンに比べて30年以上も定年が早いんです。競技力だけの評価軸で生きてしまうと、人生の早い段階でリスクが顕在化してしまうのは当たり前のことですよね。

(久喜市栗橋コミュニティセンター「くぷる」で行われたインタビュー中の風景)

――スポーツでは、直接的にビジネスに通用するスキルは養えませんが・・・でも、間接的には通用するノウハウ、人としての力を育んでいるはずですよね?

(瀬川)アスリートの経験を抽象化すると、ビジネスに必要な要素はたくさん見出せると思います。でも、ビジネスに活かすための具体的なアイデアを持っている人は少ない気がします。例えば、デジタルの知識が無いとか、仕事の進め方がわからないとか、ホウレンソウの基本ができないとか、決定的に欠けている要素があるから、社会で活躍できるシーンが限定的になってしまっているだけなのかもしれません。

――どうしたら今まで話したような、スポーツ界のデジタルデバイドを解消ができるのか、率直なご意見をお聞かせください。

(瀬川)国が「ソサエティ5.0」を掲げて、スマート社会を推進していこうとしているのは、今後の人口減少社会において、デジタル技術の活用が必要不可欠だからです。それを推進していく強烈なリーダーシップがスポーツ界にも必要なんだと思います。また、競技だけやっていればいいという、日本のスポーツ人材の育成システムは見直した方がいいのではないか・・・とも思います。

――最後に今後に向けた展望や抱負をお聞かせください。

(瀬川)スポーツライターとして、社会をより良いものにするための情報発信を行なっていきたいです。
同時に、一人のクラブ経営者としては、ソーシャルアクションを起こし続けていくつもりです。「言うは易し、行うは難し」じゃないですけど、意見を言う資格があるかどうかを常に自分に問いかけながら活動していきたいですね。

――本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!

 

<編集後記>
 地域スポーツクラブの運営、スポーツライター、スポーツ関連事業の経営者などスポーツに関わる多くの顔とご経験を持つ瀬川さん。一括りにスポーツ界といっても幅広い中、その各所に点在する社会課題のひとつでもあるデジタルデバイドについて、いろんな気付きを得ることができました。お話を聞きながら、デジタルデバイドという社会課題は、高齢者だけに存在するのではなく、もっとミクロな様々な領域に存在しているという思いがさらに強くなる2時間のインタビューとなりました。
 実はこのインタビューが行われたのは昨年の秋口でした。インタビュー終了後、スポーツを通じた地域コミュニティ施設「FALCAO SPORTS BASE」の建設中の場所に連れて行っていただきました。廃墟となっていた農産物直売所をリノベーション中だという何もない屋内で、「このスペースは、放課後子供たちが室内スポーツで遊べる場所になります」「このスペースでは子供食堂などもやろうと思っています」「昼間は高齢者などのパソコン教室、スマホ教室などもやっていきたいんです」「久喜市と連携して、災害時に高齢者を避難所へ搬送するバスなども用意する予定です」などと説明してくれる瀬川さんの顔は、とても生き生きして輝いて見えました。
 12月にプレオープン、そして2022年1月にオープンした、「FALCAO SPORTS BASE」が、どのように地域の中の「素敵な場所」になっていくのか、私も一市民として楽しみに見守り、時には協力をさせていただこうと思っています。
 スポーツを通じ、地域社会と、そして社会課題に取り組む瀬川さんの活動は、我々研究所の理念ともどこか重なるような、そんな思いを持たせていただきました。これからも、様々な連携、コラボレーションができるよう、我々もがんばっていこうという思いを強く持たせていただきました。

デジタルわかる化研究所 岸本暢之

 

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