【スポーツライター・ファルカオフットボールクラブ代表 / 瀬川泰祐氏インタビュー】
持続可能なスポーツ環境を作るために。デジタルの普及プロセスとデジタルデバイドを考察する。

2022.01.13 インタビュー

 ライブエンターテイメントの世界で、いくつものシステムプロジェクトを経験し、サービスをローンチしてきた瀬川泰祐さん。現在は、社会課題にも向き合うスポーツライターとして、そして地域スポーツクラブの経営者として、積極的にデジタル戦略を取り入れて活動されています。
 今回はそんなスポーツ業界で活躍する瀬川泰祐氏に、スポーツ界の様々な領域に点在する根深いデジタルデバイドについて、お話を伺いました。

瀬川泰祐(せがわたいすけ)プロフィール…埼玉県久喜市在住のスポーツライター。株式会社カタル代表取締役。一般社団法人ファルカオフットボールクラブ(久喜市)代表理事。HEROs公式スポーツライター。Yahoo!ニュース個人オーサー。ライブエンターテイメント業界やWEB業界で数多くのシステムプロジェクトに参画し、サービスをローンチする傍ら、2016年よりスポーツ分野を中心に執筆活動を開始。リアルなビジネス経験と、執筆・編集経験をあわせ持つ強みを活かし、2020年4月にスポーツ・健康・医療に関するコンテンツ制作・コンテンツマーケティングを行う株式会社カタルを創業。取材テーマは「Beyond Sports」。社会との接点からスポーツの価値を探る。2021年12月には埼玉県久喜市南栗橋エリアに子どもの居場所となるスポーツコミュニティ施設「FALCAO SPORTS BASE」を開設。
公式サイト https://segawa.kataru.jp

聞き手:デジタルわかる化研究所 岸本暢之
撮影:瀬川なつみ
インタビュー実施日…2021年9月25日

(取材時、まだリノベーション途中だった、地域コミュニティ施設「FALCAO SPORTS BASE」)

 

サラリーマンから、Beyond Sportsをテーマとしたスポーツライターへ転身。

――まずは、スポーツライターとしての活動を始めたきっかけを教えてください。

(瀬川)2016年ごろ、東京オリンピック・パラリンピックに関わりたいと考えたのがきっかけです。当時、在籍していた会社でチケットやマーケティングの領域で東京オリパラに関わることをイメージしていました。でもそれが難しいとわかり、「自力でそこにいくしかない」と一念発起して活動を始めました。

――とはいえ、スポーツライターとしてデビューするのは簡単ではないですよね。

(瀬川)運が良かったんです(笑)。はじめての記事は、友人に頼まれて、あるモデルさんのワークアウト企画のお手伝いのはずでした。でも、いざ現場に着くと「記事を書く人が決まっていない」と言うので、そこで覚悟を決めて「俺が書こうか」と、言ってみたことが全ての始まりでした。自分の書いた記事が、複数の媒体に転載され、ウェブの力で拡がっていく様子を見て、何か悪いことをしてしまったような、不思議な気分になったことを覚えています。

――それまで記事制作に関わった経験はあったのですか?

(瀬川)ヤフーで働いていた頃に、コンテンツ制作に関わっていたので、「書ける」という感覚はありました。私が在籍していた2000年代前半の頃のヤフーは、「インターネットの未来を作っていくんだ」という気概に満ちていました。そのような環境で仕事をさせてもらえたことが、いまの活動に繋がっています。

――フリーのスポーツライターとして活動する上ではたくさんのご苦労もあったと思います。

(瀬川)どこで強みを発揮できるのかを常に考えていた気がします。すでにスポーツライターは飽和状態でした。私は後発で、実績もなく、しかも兼業のスポーツライターですので、特徴や戦略がなければ、行きたいところにはたどり着けません。
 そこで私は違う視点でスポーツを捉え、その価値をスポーツから遠い人たちに対して発信していこうと決めました。それが、「スポーツ×社会貢献」「スポーツ×SDGs」「スポーツ×健康・医療」といった分野の取材活動につながっていきました。

(久喜市公共施設でイベントを主催。車いすラグビー元日本代表の官野一彦氏と共生社会実現について議論を交わした)

――その後もしばらくは、スポーツライターとしてフリーで活動していたのですか?

(瀬川)そうですね。記事を書いて、いくつかの媒体に寄稿させてもらっていました。そして2020年の3月に、コンテンツ制作や広報業務の支援を行う会社を立ち上げました。

――コロナ禍に起業されて、特に気がついたことはありますか?

(瀬川)私が起業したタイミングは、ちょうど新型コロナウィルスが流行しはじめた時期で、その影響をモロに受けました。でも、すぐにオンラインでの取材にシフトした結果、デジタルを活用すれば取材活動ができることに早い段階で気づいたんです。Zoomが普及したことにより、多額のシステム投資をせずとも、相手との物理的な距離を縮めることができたり、知の共有ができたりするようになったのは、私にとっては大きかったです。

 

地域に持続可能なスポーツ環境をつくりたい。そのために必要なこと。

――もう一つの活動であるファルカオフットボールクラブ(育成年代向け地域サッカークラブ)は、いつ立ち上げたのでしょうか?

(瀬川)地元のサッカー選手だった若者と一緒に、2015年の終わりごろに、まずはサッカー4種クラブ(小学生年代)として立ち上げました。当時、私には本業があったので、アドバイザーとして関わっていましたが、会員が増え、社会的な責任も増していくことを感じ、2020年4月に法人化しました。現在は徐々に運営を強化しているところです。

――2020年といいますと、瀬川さんがスポーツライターとして活動をされ、さらに起業をされた時期とも重なりますね。地域サッカークラブの設立を考えたきっかけはなんだったのでしょう。

(瀬川)私は2013年ごろから、地元のスポーツ少年団でボランティアという立場で指導をしていました。ちょうどその前後頃から、スポーツ業界の有識者の間で、育成年代の地域スポーツのあり方について議論が巻き起こっていたんです。そこで、他の地域の育成スポーツ環境を視察したり、指導やクラブ運営の勉強会に参加したりしながら、自分の住む地域に必要とされるスポーツ環境について考えるようになったのがきっかけです。

――ファルカオフットボールクラブの活動内容を教えてください。

(瀬川)埼玉県久喜市で小中学生向けのサッカースクール事業を行なっています。特徴は子どもたちの感情表現を促し、チャレンジ精神を育むことを大切にしていることです。子どものスポーツになると、子ども以上に前のめりになってしまう大人が多いと感じます。でもプレーするのは子どもたちなので、彼らのための環境を作らなければなりません。だから「ファルカオの子どもたちは、楽しそうにやっているね」とか、「生き生きしているね」と言っていただく機会が増えていることに、この活動の意義を感じています。

(埼玉県久喜市で活動するファルカオFC久喜の選手たち。のびのびとした選手たちの表情が印象的)

――地域スポーツを、収益の上がるサービス業として成り立たせるには難しい側面もあると思います。経営強化という点ではどんな課題を抱えていますか?

(瀬川)スポーツクラブの経営は、会費収入が事業の柱なので、会員数を増やさなければなりません。しかし、会員数を増やせば、指導者も増やさなければならないのがこの事業の苦しいところです。一人の指導者に支払うことができる報酬には限界があるんです。そのため、指導者が結婚して子どもが生まれると、生活のためにスポーツ界から離れてしまうケースがあとを絶ちません。スポーツ環境を持続するためにも、「指導者流出問題」を解決することは大きな課題です。

――そういった大きな課題に対して、瀬川さんとしてはどういった取り組みを考えられてきましたか?

(瀬川)昨年、コロナ禍で公共施設が使えなくなり、活動ができない時期がありました。スポーツは人々の生活において必ずしも必要なものではない・・・という事実を突きつけられましたが、同時にもっとエッセンシャルな領域で事業を行えば、もっとスポーツの価値を高められると考えたんです。

――具体的には、どんな領域で事業を行おうとしたのでしょうか?

(瀬川)スポーツ指導者が持つ資質がどの分野で発揮できるかを考えた結果、一番イメージしやすかったのが児童福祉の分野でした。特にコロナ禍で、子どもの孤立が加速していました。そこで「スポーツをして楽しめる子どもの居場所」を作り、地域社会に貢献することを考えました。
 そのための施設「FALCAO SPORTS BASE(ファルカオスポーツベース)」が2021年12月に完成しました。この施設の建設と運営には日本財団が支援してくれています。全国的に見ても、スポーツクラブが、自ら地域の子どもの居場所をつくって運営するケースは皆無なので、我々がモデルケースとなれるように、準備を進めているところです。

(久喜市の空き家をリノベーションして開設したスポーツで遊べる子どもの居場所「FALCAO SPORTS BASE」。社会貢献の姿勢が共感を呼び、支援の輪が広がり始めている。)

――最近は学校部活動の地域移行・民間移行という流れもあると聞きますが、そういった政策についてはどうお考えですか?

(瀬川)スムーズに移行できるかは少々疑問があります。もちろん受け入れる側の個々の民間組織の経営力の問題もあります。さらに、部活動をやりたくて教員になったという方もたくさんいますので、自分たちだけで課題にアプローチしようとするよりは、部活動を一生懸命やっている先生たちと一緒に、手を取り合う形を地域ごとに模索するのが理想だと思っています。

――それは、いい視点ですね。巷では部活動が先生の負担を大きくしているような報道が多い気もしますが、実は部活動、指導をやりたい先生もたくさんいると関係者から伺うこともあります。

(瀬川)偏った報道やSNSでの言説に流されてしまいがちですが、部活動に熱心な先生方の「小さな声」も大切にしなければいけません。スポーツに情熱を持つ方々が力を合わせて、地域のスポーツ環境を再定義する時期に来ているのだと思います。

 

コロナ禍によって進んだ、地域スポーツクラブへのデジタル導入。

――先ほど、ライターとしての取材ではデジタルを積極的に活用したというお話が出ましたが、一方ファルカオフットボールクラブではどんなデジタル化の取り組みをされていますか?

(瀬川)Zoomを活用したオンライントレーニングと、GPSデバイスを活用したパフォーマンス計測の2つを行なっています。

――まず、Zoomトレーニング導入の経緯を教えてください。やはりコロナ禍の影響でしょうか。

(瀬川)おっしゃる通りです。コロナ禍で公共施設が使えず、活動ができなくなったことがきっかけです。特にコロナ禍初期は、どこにも行けず、日々の行き場を失った子どもがたくさんいました。そこでクラブ生だけじゃなく、誰でも参加できるオンライン講座を開こうと決めたんです。特にZoomの画面越しにみんなでトレーニングをする講座が好評で、約100名もの参加者が集まりました。

――100名の参加はすごいですね。またクラブ生以外も参加可能だったのは、デジタル活用のひとつのメリットかもしれないですね。ところでそのオンライントレーニングはまだ続いていますか?

(瀬川)はい。もともと屋外スポーツは天候などの外部要因に左右されやすい活動ですので、今やオンライントレーニングは活動を安定させる助けになっています。

(ファルカオフットボールクラブでは、毎週1回、欠かさずZoomによる朝練を行なっている。)

(次ページに続く)

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