シニアDXを妨げる意外な障壁とは?

2022.01.18 シニアDX特集

 正直に書くと、生まれたときから身の周りに「デジタル」が存在していた著者にとって、デジタルがわからないという感覚はなかなか共感しにくいものだった。初めて持った携帯電話にはタッチ決済の機能がついており、学校の連絡網は実質LINEで事足りていた。初めての土地でも事前に地図を参照した経験はなく、紙の定期券にいたっては鉄道博物館でしか見た記憶がない。
 そんな著者がシニアDXを考えるならば、そもそもシニアがどんな思いを持っているのかを、肌感覚で知ることが初めに取り組むべきことではないかと考えた。
そこで著者は身近なシニアとして、スマートフォン(以下:スマホ)を持たない祖母と祖母の同居人である叔母に話を聴きに行くことにした。祖母と叔母の話を聞く中で、シニアのデジタル活用のバリアとは、シニア本人ではなく、実はその周りにいる第三者にあるのではないかと思うようになった。

 

第三者がシニアのデジタル活用を引きとめる理由とは?

 なぜ第三者が感じるバリアが、シニアDXのバリアになっていると感じたのか。その話をするにあたって、バリアが生まれた背景となる、著者の叔母が聞いたある家庭のエピソードについて共有したい。以下はそのエピソードである。

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 その家庭ではキヌエさん(80代・仮名)とその娘さんカホさん(60代・仮名)が一緒に住んでいた。あると便利だからという理由で、キヌエさんはカホさんの協力の元、スマホデビューを果たした。慣れないなりにもカホさんから教わることで、キヌエさんは簡単なスマホ操作を覚えたという。
 そんなキヌエさんはある時、(どんな方法でなのかは不明だが)「着物の案内」のページにたどり着いたという。いわゆる着物のECサイトだと思われる。高い買い物ではあるが、着物に目がなかったキヌエさんは思わず気に入った着物を購入した。

 数日後、着物の請求書が郵送にて送られてきた。この時カホさんは二つのことに驚くことになる。
 一つは、このタイミングで、カホさんが初めてキヌエさんが着物を購入していたことに気がついたことだ。この一連の購入は全てキヌエさんのスマホ上で完結していたため、カホさんのあずかり知らないところで高額の買い物が行われており、カホさんはその事実に驚かされた。
 そして、もう一つカホさんを驚かせたものはその請求書の数だった。同じ着物の請求書がいくつも届いていたのだった。もともと認知症の兆候がみられていたキヌエさん。自身で購入したことを覚えておらず、何度も同じ着物を購入していたのだとその時になってようやく発覚した。支払い自体はまだしていなかったため、大事には至らなかったが、カホさんにとっては冷や汗ものだった。

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 こんなデジタルハプニングを聞いた私の叔母は、その恐怖感から、私の祖母にスマホは疎か、携帯電話すら持たせないことを決心したのだという。一緒に暮らしている人でさえ何をしているのかわからない。そのため、トラブルが起きたとしても、それが大事に至るまで気づかれない。そんなデジタルならではのトラブルへの恐怖感が、第三者にとってデジタル活用の上でのバリアとなっているという例だった。今回のような事象は、実はいたるところにあるのではないだろうか。

 

デジタル活用を拒むことは珍しくない

 似たような第三者の恐怖心によるバリアを生む事例として、中野区の消費生活センターに寄せられた相談*1が挙げられる。相談事例は次の2つである。(*1 中野区区民部 区民文化国際課 消費生活センター「高齢者のスマホトラブル!(消費者相談の現場から 2020年9月号)」https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/211500/d029302.html  2022年1月13日閲覧)

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相談事例1
 スマホの機種変更のために店舗に行き、一番安いプランを希望したところ、タブレット端末とのセット契約を勧められ、申し込んだ。後日届いた請求書を見ると思っていたより高額で、説明がなかったため無料だと思っていたヘッドホンや充電器等の付属品も有料だった。

 相談事例2
   友人にスマホで電話をした。長くても5分くらいの通話だと思ったが、お互いに電話が切れておらず約8時間の通話時間になっており、高額な通話料を請求された。

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 このようなシニアのデジタルにまつわるトラブルが、シニアのそばにいる第三者の耳に入った場合、シニアのデジタル活用に消極的になってしまうことは十分にありうるだろう。また、消費生活センターによるとこのようなスマホの契約や操作に慣れていないことによるトラブルは60歳以上で増えているという。増加傾向にあることを考えれば、今後第三者のバリアがより多くの人に発生する可能性は十分にありうるだろう。

 

シニアDXのヒントはペアレンタルコントロールにある

 では、この第三者のバリアは解くことのできないのだろうか。バリアを解くヒントを探すために、第三者のバリアの生まれるそもそもの原因を考えたい。
 上述した著者の叔母のエピソードは、恐怖感からデジタル活用の発想を完全に除外してしまう選択がデジタル活用の難航のネックであった。デジタル活用が怖いならば使わなければいい。そんな極端な選択肢しか取れない現状こそが、このバリアの根源にあるのではないだろうか。ともすれば、活用するかしないかという二元論ではなく、段階的な活用を促せるような仕組みがあればシニアのデジタル活用は推進されるのではないだろうか。
 実は、これによく似た事例は数年前から別のジャンルで起こっている。子どもとデジタルの関わり方だ。警視庁*2の「令和2年における少年非行、児童虐待及び子供の性被害の状況」によると、スマホが普及しだした2009年頃から、SNSでのトラブルから生まれた事犯は増加傾向にある。(*2 警視庁「令和2年における少年非行、児童虐待及び子供の性被害の状況」https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/R2.pdf 2022年1月13日閲覧)また、子どもが長時間スマホやゲーム機を利用することによる健康被害や、ゲームなどへの課金によるトラブルを危惧する親も多い。これら一連の出来事は、すべて「子どものデジタルリテラシー不足から起きたトラブル」の事例である。
 この対策として、2017年青少年インターネット環境整備法の改正が国会で可決された。この法改正の主要な変更点の一つにペアレンタルコントロールの仕組み整備がある。ペアレンタルコントロールとは子どものデジタルデバイスにかける利用を制限する仕組みである。具体的には有害サイトを避けるフィルタリングや健康のために利用時間を制限する機能、また課金トラブルを防ぐための機能もある。法改正によってこれらの仕組みをより利用しやすい環境整備が進められた。この仕組みによって子どもたちは、デジタルに慣れるための期間を設けることができるようになった。結果として、令和1年に一時的な急上昇はあったものの、被害件数の増え方は法改正以前に比べて緩やかなものとなった。

 この前例から、「デジタル活用者がリテラシーを確保するまでの一定期間、保護者の管理下にいることで、現在の生活を維持したままデジタルの恩恵を享受できた」という示唆を得ることができるだろう。この仕組みを応用し、シニアに段階的にデジタルリテラシーを習う期間を用意することができれば、第三者が安心してデジタル活用ができる世界が来るのではないだろうか。例えば、シニアの持つスマホに決済機能のみ制限をかければ、先述したECサイトでのトラブルに遭うことなくデジタルを活用することができるだろう。デジタルを活用するかしないかの2択ではなく、その中間となる第3の選択肢を提供することができれば、シニアのデジタル活用を推進することができるのではないだろうか。

デジタルわかる化研究所 清水 出帆

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