【久喜市教育委員会 GIGAスクール推進室長/川島尚之氏インタビュー】
子どもたちのためにできることはないのか?「子どもにとって利益が最大になる」ことを目指し、実務の現場で推進する「久喜市版未来の教室」の創造とその課題。
2021.08.02 インタビュー
コロナ禍でのオンライン授業チャレンジで見えた、教育の現場や家庭間に潜むデジタルデバイドの可能性。子供たちにとって利益が最大になるように、取り組みは続く。
——このコロナ禍での様々なチャレンジは、言葉を選ばずに言えば、これからの「未来の教室」の実現に向けた課題発見、教訓の機会にもなったと言えるでしょうか。
(教職員のICT活用研修の様子)
(川島)いろんな課題も見えてきました。まさにデジタルわかる化研究所のテーマであるデジタルデバイドの話とも繋がってくる気がします。ICT、デジタルって使うと非常に便利ですが、我々でも、まだわからないこともたくさんあり、おっしゃるように“どこに格差が存在しているか”というものもなかなか見えない。そんな中で実際にオンライン授業を行ってみたら、まずは家庭間の差がすごく大きかったことを改めて認識しました。
毎回、当たり前に参加できる生徒もいれば、たまにしか参加できない生徒もいる。その理由を考えたら、親のスマホがある時にしか参加できない生徒がいるとか・・・そういうこともあったわけです。また、例えば保護者のGoogleアカウントで設定されているスマホに、生徒が後から学校用で配布されたアカウントを上乗せて使おうとした時に、設定不足でテレビ会議に使うGoogleミートに入ろうとした瞬間に、親御さんのアカウントに引っ張られちゃったりするケースもありました。そんな時にでも、簡単に設定変更をして使える家庭もある一方で、まったく操作がわからずに結局授業に参加できない家庭もありました。
そういう保護者への周知の重要性については、改めて強く知ることになりました。
それからやっぱり教員のデジタルリテラシーの格差は非常に感じます。
——やはりそうですか。今言われた教員間のデジタルリテラシーの格差は、やはり大きな課題でしたか?
(川島)これは非常に大きな課題だったと思います。各校の中で、デジタルが得意な教員は自分たちで勉強会を作ったり、自走してどんどんやっていくけれども、そもそもいわゆるICTのノウハウを、これまで必要としてこなかった教員もいます。そういった方たちにとっては、全く知らない世界に、いきなり投げ込まれてしまった感覚があったと思います。助けて欲しいけれども、何をしていいかわからない・・・良く言われることですが「何がわからないかが解らない」状態の教員もいたわけです。
——それはいわゆる、様々な年代や職業、ライフスタイルで起こっているデジタルデバイドと同じ状況ですね。
(川島)まあ、本当に感謝しているのは、久喜市ではそのリテラシーのギャップを、学校の中で助け合って頂くことができました。
——助け合ったというのは、デジタルが苦手な先生を得意な先生がサポートしてあげた・・・ということですよね。
(川島)ただ、得意と苦手っていう一面的な物差しではなくて。デジタルは特に苦でもない教員が、逆にオンラインでの授業内容のアドバイスをもらったり・・・ということもありました。「僕はICTを使ってこういう授業をやりたいと思っているんだけど」ってなった時に、逆にICTは苦手だけれども、授業の組み立て方に優れているベテランの教員から、「オンラインでの課題の立て方は、もっとこうしたほうがいい」という感じに。もちろん学校によってその差もあったと思いますが、我々の想定以上にそこがうまく回転したと考えています。
——民間の会社でもそうですが、50代などになってくるとどうしてもデジタル苦手とか、苦手ならまだマシですがデジタル嫌いとか、性に合わないなどの話が良く出てきて、いわゆるDXなども進まないなどということもあります。必要ないと思いながらもいやいや教えてもらう中で、普段仕事を教えている若手に教えを請わなくてはならなくなって。なんか気分的によろしくない・・・みたいな、あるあるの話のようなものは今回の教育現場では起きませんでしたか?
(川島)確かに同様なことは起きたと思います。ただ久喜市の教育現場で興味深かったのは、若いからデジタル好きってわけでもない、得意なわけでもない。逆に結構ベテランの教員たちの中でも得意な方がいらっしゃって。割とそういったベテランで得意な方が率先してやってくれた学校は初動の勢いがありましたね。
——普段の学校運営でのリーダーが、ICT導入でもリーダーになれたんですね。
(川島)面白い学校の事例ですと、職員室の中でとても声の大きいベテランの教員がいらっしゃって、そういう教員が率先して使ってくれて。決してその方は得意じゃないんです(笑)。得意じゃないんだけど、率先して活用しようとして、「ここがわからない!教えてくれ!」とかって声を上げるんです。そうすると先生方がみんなで集まりながら対応して行くみたいなことが頻繁にあった学校もありました。
——そういったかなり細かいところまで、教育委員会指導課は33校の進捗状況を把握されていたんですか。
(川島)はい。かなり綿密に追いかけていました。ただ、やはりそれでもスタートは学校ごとに少々差が生じました。その体制を構築して、準備ができたところから始めましょうという形をとっていましたので。それでもその早い遅いを含めて、進捗は追いかけていましたね。
——その後学校は再開しましたよね。指導課程が遅れたことに対して、夏期休暇短縮などの措置もあったと思いますが、そういった学校時間の密度が上がることによる、子供たちのストレスケアなどは何かされたんでしょうか?
(川島)まず、コロナ禍にオンラインでやっていたのは授業数にはカウントしていないんです。必ずしも全員が参加できたわけではなかったからです。なのであくまで休業期間中のオンライン学習支援という形をとっていました。実際に学校がスタートしてからは、授業時間を確保するために夏期休業期間の短縮を行ないました。それと併せて生徒達のケアは、最初の頃は毎日のように追いかけてました。誰がどのような状況で、どう不安を持っているかなどです。その報告を受けながら、個別のケースに対応してたという形です。
教員間のデジタルリテラシーの差の解消は、未来の教室推進においても最重要課題のひとつ。そのために間違ってもいい状況、トライアルのできる時間を作る。
——『未来の教室』事業を推進していく中で、さきほどAIの導入などの話もありましたが、小中学校でのICT活用が今後もかなり活発になってくるものと思われます。これを進めて行く過程で、デジタルデバイドという課題への取組は必然のような気がしています。先ほど言われていた家庭間、教員間だけにとどまらず、家庭使いと学校使いでのギャップだったり、生徒の間でだったり、学校間でのICTリーダーのいるところといないところだったり・・・あらゆるところで。
そういった様々な間でのデジタルデバイド的な側面から、今後未来の教室を推進していくにあたっての課題は、どうお感じになっていますか?
(川島)まずは、教員間にICT的な技術、スキル、意識の差があると、それが結局授業の質の格差に繋がり、結果として子供たちの格差につながると思っています。ですから学校職員みんなが同じように、ICTも使えるし、授業では人間教師としての良さも生かせる。そういった教師になっていただき、同じ基準に立って、子供たちに授業が提供できるようにしていく必要があると思っています。
そのためにはまず、教員が安心してICTを活用できる環境が必要だと考えています。
——いま言われた「安心」とはどのような意味でしょうか?
(川島)ICTを授業に活用していくことに対して、わからないことは聞けるという状況があって、間違えてもいい状況があるということです。
——学校組織、チームに心理的安全性が担保されているといったところでしょうか。
(川島)その状態を作るために、学校の中にICT推進教師というのを配置していただいています。隣のクラスで何かICT活用で困ったときに得意な人がすぐ助けに行けるような、校内の体制を作ることを推奨しています。
それからもう一つの施策として、ICT端末を操作することに特化した時間を生徒向けに作っていただいています。これも先行研究の学校で行って成果が上がった事例なんですが、授業の中でタブレット端末を使う場合、何か一つ操作ミスがあった時に、授業が止まってしまうことがあるんですね。これは教員にとっては恐ろしいことなんです。そのために授業の進みには直接的に影響しない、端末の操作スキルを獲得する時間というのを別に特設したんです。
——先生もそこで操作を学習するわけですか?
(川島)基本的には生徒向けなんですけども、その時間は授業進行に直接影響しないから、教員もいろいろ試せるんですよ。例えば今日はGoogleスライドの使い方をみんなでいろいろ試してみよう!とやるのですが、実はその時間は教員にとってもいろいろ試している時間となるわけです。これは例えば朝の時間15分を帯でとったり、下校前に行ったりという形で各学校で実施しています。
現在の教員にとって最も足りないもの、それは時間なんです。この非常に大きな教育現場の改革なのですが、教員はもちろん日常の授業もあるわけです。授業をしながら、来たる未来のためのスキルアップもしなくてはならないんです。では日々の授業しながらICT活用のスキルやノウハウを獲得して行くようにするにはどうしたらいいか?それは教育委員会で研修としてまとめて時間を取ることももちろんやってはいるんですが、それよりも今話したトライアルできるような時間を取ることによって、安心して失敗ができる、操作がうまくいかなくてもそれで大切な授業が止まってしまわないようにしたっていうところです。
——民間の企業でもDXはなかなかうまくいっていません。徹底的に今までのやり方を頑なに守る、デジタル化に対する抵抗勢力はわりとある話ですが、久喜の教育現場ではそういった抵抗勢力はいなかったんでしょうか?
(川島)なかったとは思いませんが(笑)、結果として皆さんがやっていただいてます。イノベーション普及の理論なんて言いますが、イノベーターがいます。そしてアーリーアダプター、アーリーマジョリティ、マジョリティーがいて、ラガード(遅滞者)がいますね。ラガードに捕らわれちゃうと前進はできない。でもやはり、ラガードまで含めて全員で進めるようにしたいと思っています。要するに、イノベーションを進める時っていうのは、一旦はググっと進むと思うんです。その際はラガードに配慮して全く動けないというわけではなくて、いったん突き抜けますけれども、物事が向かいたい方向に動き始めた時には、ラガードまで含めて全員引き上げてあげる必要があると思います。
そのために、実はこういうことをしています。すべての教員の授業を、GIGAスクール推進室の職員が見ています。
——それは訪問してリアルに観察しているということですか?
(川島)はい。リアルに見てます。まさについ先日、すべての教員の観察が終わりました。それは何のためかというと、どの教員にどういう支援が必要かを、授業観察によって見つけてきたんです。その観察のデータはGoogleフォームで市内分が一元化されて、私の手元に集まってきています。
教員ってなかなか・・・この授業苦手なんですって声に出して言うのって難しかったり、ICT授業に関して本当は困ってるんだけど、それを表に出せなかったりっていう教員もいます。でも、我々が実際の授業を見て確かめれば、困っているところがわかります。
——授業を見て確かめて、彼にはここを支援しなければならないなとなったら、個別に支援をされているのですか?
(川島)そういうことです。支援の仕方というのは個別にそのためだけにするんじゃないんです。我々は学校を訪問する機会ってたくさんありますので。そういう機会に、ある教員の授業を観察した担当者から共有された情報を汲んで、必要なもの、ことを支援して差し上げるといった形です。まあ今のGIGAスクール推進室の職員が全員割と若くてフレンドリーに接することができるというのも、この施策の遂行に一役買っているかもしれません(笑)。
——本サイトの様々なインタビューなどでも、何がデジタルデバイド対策で大切かってお伺いすると、多くの方が、失敗してもわからなくても大丈夫な環境で、親身になって丁寧に教えてくれることが大切って言われてました。その若くてフレンドリーというのと通ずる部分があるかもしれないですね。
(川島)私と教員だと、まだそれでも距離があるんだと思います。学校の中で同様な支援の状況が作れると、本当はもっと良いんだと思うんです。そういった支援の関係を推進するために、先ほど申し上げたICT推進教師という方を任命してもらっています。
——この前のBaba Labインタビューで聞いたのですが、イギリスでは地域コミュニティのデジタルサポートさんがいて、それをデジタルバディと呼んだりしているようです。今川島さんがおっしゃっている支援の関係性も、バディ、仲間のような感じですね。
(川島)何かちょっと困った時に、すぐ隣の教室に「助けてっ」て言えるような体制、環境を作りたいと思っています。
これからの教師は共に学ぶ先達。時に子供からも教わり、時に大人として教える。その根底で重要なのは道徳。
——その各教員のレベルアップについてなんですが、今後さらにレベルアップしていかないとならない中で、さらなるデジタルリテラシーの習得、今の子供たちのリアルなデジタルネイティブの姿などを知ることなどは非常に重要だと思います。これにどう取り組もうとしていますか?
(川島)現実的に考えると、全員が高いレベルでキープするって難しいと思っています。やはりその学校の中で頼りになる人を作っておくべきだと思います。何かわからないことや問題が起こったときに、とりあえずあの先生に聞こうという人を作っておく。そういった役割の人になるための未来の教室研究委員会でもあり、各校1名の参加委員でもあります。
——15年ほど前、私が市内の小学校のPTA会長を行っていた時に、とある先生方が集まるイベントのパネルディスカッションで、その時の小中高生の携帯電話の使い方について話させていただいたことがあります。iモードネイティブの子たちの様々な使い方を、掲示板などの危険な使われ方も含めて真実を話したつもりではあったんですが、あまり先生方は興味があったようには見えませんでした。今はもっと様々なことができますので、よりリアルなスマホやPCの使われ方などを教員の方たちが知っておく必要があると思うのですが。
(川島)おっしゃる通りだなと思うところがあります。実際にICT環境での授業を進めて行く過程で、生徒たちは我々教員が予想しないようなことをやってきています。でもそれって逆に凄いなーとも思っています。ある生徒があのコマンドプロンプト動かして、Windowsだった頃に他の端末の電源を落とすっていう、いたずらをしてたことがあったんです。教員側から見たら、何が起こっているか分からなかったんです。でも実はそのプログラミングを勉強した生徒が行っていたということが分かりました。これは単なる一例ですが、これからもそういうことって、たくさん起こってくるんだろうなと思います。教員が理解していることよりも、生徒たちがもっと上を軽々と越えていく。
先ほど教員の役割が変わるっておっしゃっていただきましたが、あくまで教師は共に学ぶ先達なんだと思うんです。時に子供からも教わり、時に大人として教える部分もあり、昔の教員のように完璧な大人ではなくて、共に学ぶ先達として教員という職業が存在して行くんだろうという風に思っています。
——今後、子供たちのデジタルリテラシーが向上していくに連れて、ネットリテラシー教育ですとか、オンラインチャットでのディベートだとか、SNSの安全な使い方ですとか、プログラミングですとか、セキュリティとかもろもろ、今までにはない必要な知識が出てくるとは思うのですが、小中学生が習得すべきことについて、何かお考えになっていることはありますでしょうか。
(川島)リテラシーとか、セキュリティもそうなんですけども、私はその根源って道徳なんだと思ってます。我々教員はこれから、プログラミングだとか、その汎用的な資質能力だとか、そういったものを育んでいく教育を推進していきますが、その根底で重要なのは道徳だと思っています。
結局は、人と共に生きているというこの社会において、お互いを尊重しながら生きて行く、みんなが幸せになれるように生きて行く・・・そういう感覚を養っていくことが実は最もベースとして大事なんだろうなと思っています。
——道徳の授業というのは今もあるんですか?
(川島)一応道徳という教科があるんですが、道徳教育自体は教育活動全体で育みましょうというのが建付けにはなっています。
——やはりその道徳教育の部分に関しても、今後は変わっていく必要があるということなんですかね?
(川島)そうですね、より重要視されていくといった方が正しいかもしれません。例えば学習活動の中でチーム活動している場面があったとします。そういう時に、いかにリーダーシップを発揮したかみたいな評価もあるかもしれませんが、いかにみんなが気持ちよく活動できるようにしたかだったり、いかに相手のその背景まで慮ることができたかだったり。そういったことも見取っていくことが必要になってくると思います。相手が発言した内容も、言われてすぐに怒るのではなく、この人はどうしてこういう発言をしたんだろうなって、その前提、背景を考えてあげられるようなことですね。
——なるほどですね。終盤に非常に深い話が聞けました。最後に、これから10年、20年「未来の教室」が続いていくにあたって、教員間のリテラシーの格差や家庭間のデジタルデバイドは、どうなっていくでしょう。拡がっていきますかね?それとも狭まっていきますかね?
(川島)拡がっていく危険性はあるとは思っていますが、我々はそれを解消するための方策を打っていかなきゃいけないと思っています。
——本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!
(インタビュー風景。久喜市教育委員会教育部指導課会議室にて)
編集後記
インタビューが終了した後の雑談で、「私も会社でDXの導入などをやっているんですが、やはり若い人よりも、ミドルエイジ、昔の成功体験がある人にはどうもうまくいかなくて」と話していたら、川島さんは「学校現場も似たところはありますよ。ただ私はその人の生きてきた道っていうのは否定するものじゃないと思うんです。例えば定年間近の先生がいたとして、私はデジタル使わないって言っていたとします。それは・・・その先生が歩んできた道のりがあるからなんだと思うんです。私はそれを否定する気は全くなくて、むしろそこを認めながら上手にGIGAスクールを進めて行きたいと思うんです。だってICTって、実際使うと結構楽しいものじゃないですか。なので強制するのではなく、楽しんでもらいつつ、さらに苦手な先生方の良さも認められるようにしていくことが、重要なのかなと思っています」と言っていたのが非常に心に残りました。
GIGAスクール構想で、子どもたちの学び方は大きく変わろうとしているのと同時に、教員の働き方、教員に必要とされる資質も大きな変化に直面していることを知りました。教員の皆様も、教育委員会も、平坦な道ではないとは思いますが、15年もすれば、小学校低学年の頃から情報端末に常に触れてきた子供たちが社会に出ることになります。GIGAスクール構想による大きな変革と、それを推進していく久喜市教育委員会、そして久喜の教職員の皆さまの奮闘を聞かせていただき、そんな未来が少し楽しみになってくると同時に、拡がっていくかもしれないデジタルデバイドの解消について、我々も貢献していきたいという気持ちが強くなる、非常に勉強になったインタビューでした。
デジタルわかる化研究所 岸本暢之