【BABA lab代表/桑原静さんインタビュー】
「長生きするのも悪くない」とみんなが思える世の中へ。高齢者のものづくりを軸に、世代を超え地域の人同士のコミュニティの場を提供する。

2021.07.04 インタビュー

 埼玉県庁近く、埼京線中浦和駅から徒歩8分。閑静な住宅街の一角にある赤い屋根の一軒家。大きな看板がありました。その名も「BABA labさいたま工房」。
 2011年の秋に、BABA lab(ばばらぼ)事業を立ち上げたのが、BABA lab代表桑原静さん。おばあちゃん子だった桑原さんはBABA lab事業の第一弾として、寂しく暮らしがちなお年寄りが、いつまでも楽しく働ける場を提供しようと、おばあちゃんの目線で発案した『ばば』による『ばば』のための孫育て商品を手づくり・販売する工房を始めました。
集まってくる人たちの会話からアイデアをひろい、腕や腰の力が弱くなった人でも赤ちゃんを抱っこしやすい「抱っこふとん」や、子どもが握りしめたくなるしっぽの付いたバッグ、そして【キッズデザイン賞2016 受賞】「ほほほ ほ乳瓶」など、たくさんの大ヒットアイデア商品を創り出してきました。
 BABA labさいたま工房を中心に、BABA lab事業は「長生きするのも悪くない」と思える仕組みのアイデアや高齢化社会について考える場を創造し、市民・行政・企業など様々な人と一緒にアイデアをサービス・商品・コンテンツなどを具現化しています。そんなリアルな高齢者地域コミュニティを運営しながら、高齢者に関するサービス、商品開発、マーケティング支援を行う桑原さんに、今までの歩みや高齢者のデジタルデバイド、情報化社会で取り残される高齢者への取り組みについてのご意見をお伺いしてきました。インタビューはBABA labさいたま工房の一室、シニアのアイデア商品に囲まれた部屋で和やかに始まりました。

 桑原静さんプロフィール…BABA lab・代表/シゴトラボ合同会社・代表社員。1974年生まれ。日本大学芸術学部卒業後、WEB関連の制作に従事。企業のコミュニティサイトの企画・運営に携わる。その後、NPO法人にて企画業務を中心にコミュニティビジネス講座の講師や立上げ、事業化支援などを行う。自らがリアルのコミュニティを運営すること、そして中でもシニアのコミュニティや働き方に強い興味を持ち、2011年シゴトラボ合同会社を設立。シニアの「はたらく」をサポートする「BABA lab(ばばらぼ)」事業をスタートする。「年をとってできないことは増えるけど、できることがある」を信じて、シニアの活躍の機会をつくっていきたいと考えている。広域関東圏コミュニティビジネス推進協議会幹事/認定コミュニティビジネスコーディネーター/中小企業支援ネットワーク強化事業アドバイザー/さいたま市社会教育委員、市民大学運営委員など「BABA lab(ばばらぼ)」(https://www.baba-lab.net/

聞き手:デジタルわかる化研究所 岸本暢之
撮影 :デジタルわかる化研究所 吉本天志
インタビュー実施日…2021年6月10日

 

(BABA labさいたま工房で生まれた、様々な商品)

 

コンサルティングに限界を感じ、「コミュニティの現場を自らやってこそ、ちゃんとしたサポートができる」との思いから起業

——まずは、独立してBABA lab事業、そしてシニア世代の働く場として、「BABA lab さいたま工房」を立ち上げようと思ったきっかけについて聞かせてください。

(桑原)大学を出て20代からWeb関係の仕事をフリーランスでやっていました。ちょうど20年ぐらい前ですかね・・・企業がファンコミュニティを運営するというのを行いだした時期で、今でいうSNSのようなサービスが無かった時代でしたから、オリジナルの会員サイトを設けて、例えば野菜ジュースメーカーだったらトマト好きコミュニティを作るとか、そういった企業がWeb上でファンを囲い込むという時代がありました。
 私も車メーカーのWEBコミュニティに関する仕事をしていました。例えば子供や女性など、車に興味をもたない層をどうやって囲い込むか、ということを5-6年ぐらいやっていました。車に乗って犬と遊びに行く際の情報を交換する犬好きのためのコミュニティを作ったり、車移動の多いサッカー少年団のコーチや保護者向けのコミュニティを作ったり。

——メインターゲットとはちょっとずれたところで、企業がコミュニティを作る企画が流行ったことはなんとなく記憶にあります。最初からコミュニティ型の Web サービスの企画運営をやられていたのですか?

(桑原)最初はサイト制作でHTMLを書いていた時期もありましたけれども、次第に企業がコミュニティを持つ意味だとか、どのようににファンを囲い込むかとか、どういうことをやったらファンに嫌われるコミュニティになるのか、そういった研究開発っぽい感じて携わるようになりました。
 そうやって関わる中で、コミュニティの面白さを感じるようになりました。ちょっとしたきっかけで炎上をしたり、逆にファンになってくれたり、コミュニティの「うねり」が面白かったんです。次第にWeb上のコミュニティだけではなく、リアルなコミュニティを知らないと、将来的にコミュニティに対して深く携わっていけないなと感じてました。そこで地域のコミュニティを実地で学べる仕事が無いかなと就職活動を始めました。そんな中でコミュニティビジネスの支援を行う、コミュニティビジネスサポートセンターというところに就職したんです。

——コミュニティビジネスサポートセンターはNPO法人なんですね。

(桑原)全国の地域のコミュニティビジネスのサポートをしているNPO法人でした。当時、地域のコミュニティビジネスは、任意団体やNPO法人で運営されていました。NPOというのは事業化が難しくて、ボランティアベースになってしまいがちなんですね。そこをうまく事業化して、せっかく良い活動なのだから、地域で持続させるには・・・という支援を行っていました。

——ボランティアベースで行われがちな地域のコミュニティに、少しでも収入ができるようなビジネス化のコンサルティングをしていたんですね。

(桑原)そうです。例えば人口1700人の徳島県上勝町のおばあちゃんの「葉っぱビジネス」って聞いたことありますか?

——聞いたことがありません。教えていただけますか?

(桑原)私も当時テレビで知りました。おばあちゃんたちが里山で集めた葉っぱを料理の“つま”として全国の料亭に出荷しているのですが、実は年間2億5000万円にもなる、過疎化高齢化が進む町の一大産業になっているんです。要はボランティアベースではなくてちゃんと地域の仕事になり、さらにそこで交流もできて・・・そういうのがいわゆるコミュニティビジネスと言われるものです。社会の問題とか課題を解決する時にボランティアになりがちなところをきちんと事業化して、お金や人を回して行く。非常に強い興味を持ちました。
 せっかく仕事としてコミュニティに関わるなら、そのコミュニティビジネスの世界を知りたいと思いまして、そのNPO法人に入ることにしたのです。入ってからは、北は北海道から南は沖縄まで、都市部から田舎まで、様々な所に出張に行きまくりましたね(笑)。

—–出張は全て地域コミュニティを事業化するための、コンサルティングに行ったわけですね

(桑原)地方自治体から、「うちの地域はボランティアベースのNPOが数多くあるのですが、補助金や助成金だけではなかなか運営が厳しいので、何かいい手はないか?」のような依頼があるんです。そこでそういった団体に、どうやったら上手く、自分たちでお金を稼げるようになるかを考えるセミナーをするとか、そういったことができる人材を見つけるための講義をやったりしていました。ボランティアベースを持続性のあるビジネスにしていくための、コンサルティングですね。
 田舎に行くと、採れた果物から作ったジャムを加工して売ったりとか、採れた農作物でレストランをやるとか。今は事例としてよくありますが、廃校を民宿にして人を呼び込むとか、そういったビジネスの視点をNPOに入れて地域を盛り上げる仕事をしていました。

——最近目立つようになってきた、農家の方が作って加工して売るような、第6次産業化みたいなことのはしりですね。

(桑原)20年ぐらい前は黎明期でした。昔だったら野菜も余ったら全部捨てちゃうみたいなことがありましたが、それを加工してお菓子のお土産にして販売するなど、当時そういう感じの仕事をやっていました。

——非常に面白そうな仕事ですが、そういった会社を見つけるのもコミュニティビジネスに強い興味がないと難しいですよね。

(桑原)やりたいことに条件が合う就職先が少なくて苦労しました。ようやくこの手の仕事を見つけて、入れてもらったのがこの会社です。仕事をする中で、コンサルティングっぽい仕事が増えてくるのですが、それを続けるうちにある思いが強くなってきました。どうしても口先だけだと限界があるというか…やっぱり自分もどこかで地に足をつけて「現場」をやってこそ、ちゃんとした地域コミュニティのサポートができるんじゃないだろうかという思いです。そう感じるようになって、独立を考え始めました。

 自分が生まれ育った埼玉で、まずはコミュティビジネスの現場を作って、そこで苦労した経験値を活用して、さらにコミュニティビジネスに興味のある他の人たちに、ノウハウみたいなものを伝えられたらいいなというのがありました。それが起業したきっかけです。
 そしてテーマとして高齢者を選んだのです。

 

おばあちゃんによる、おばあちゃんのための孫育てグッズ。ものづくりの現場を通して「こういう場所が地域にあったらいいよねーと思えるような素敵な場所」を創りたい。

——コミュニティのテーマとして、まずおばあちゃんを選んだというのは、前職の時に高齢者に対する問題意識を持っていたということですか?

(桑原)私自身、おばあちゃん子だったというのが大きいんです(笑)。もちろんそれだけではなく、歳を取った人の生き方に興味がありました。人類史上の中でこんなにも高齢化が進んだのって初めてじゃないですか。二人に一人が90代まで生きる時代なので。昔だったら、寿命は短かったし、ある程度の年齢になったら隠居する・・・ということもあったと思うのですが、現代ではその後も寿命が20年30年とあり、残りの人生をどうやって生きていくか、そしてその層を社会はどうサポートしていくのかというのは、非常に大きな社会課題のひとつとして認識してますし、私自身、強い興味がありました。

—— 私も53歳ですが定年まであと10年弱。人生はその後も長いですからね。 “自分ゴト”として共感します。

(桑原)しかも今の体力が続くわけではないですからね。75歳くらになると自転車に乗らなくなる人も増えてきます。自転車に乗れなくなって、自分の足で歩ける範囲でしか動けなくなって、体力や気力も落ちていく中で、それでも10年以上残りの人生を過ごすと考えたときに、自分はどう生きるんだろう?と思っていました。
 できれば最後まで幸せに生きていきたい。そういうことについてみんなでいろいろ考え合いたいし、90歳なっても100歳になっても、万が一手や足が自由に動かなくなっても、この「BABA labさいたま工房」で誰かのためになる役割があって、みんなと働いて、活躍ができて、交流が持てて・・・そういう元気になれる場を作りたかったんです。

(BABA labさいたま工房)

 

——いわゆる地域のシルバー人材センターと「BABA labさいたま工房」の違いは何ですか?

(桑原)ここは「ものづくり」をしている工房なので、物を作るのが好きな人が集まってくる場所なんですね。シルバー人材センターと違うところと言えば、シルバーさんは案件ありきで人を集めますよね、一般的な会社では当たり前のことですが。でもここは集まってきた人ありきで、仕事や役割を作っていくんです。
 例えば80歳のおばあちゃんが来て、裁縫が好きなんだけど何かここでやることありますか?って言われた時に、老眼が進んだり、手先が自由に動かなくなってミシンでの作業は難しいとして、商品の製作には携われないけれども、お客さんに差し上げるおまけの手芸品なら作れるかも知れない、アイロンがけならできるかも知れないとか。集まってくれた人に合わせて、何か仕事の役割を作っていくというのがこの工房のスタイルですね。

——あらかじめ役割が決まっているところに入って自分を役割に合わせていもらうのではなく、まさにコミュニティに集まってくる方たちに、できることをやっていただくというスタイルなんですね。

(桑原)この工房の紹介をテレビや新聞で見てとか、手芸が好きだから何か役に立ちたいって来られる人は多いですね。商品の製作には技術が足りないけれど、誰かに手芸を教えたいという人がいれば、ワークショップの先生をやっていただくよう促したり。働いて人の役に立つ喜びを感じていただきながら、できるだけお金は少しでも渡せるようにしています。

——この部屋には手芸や手縫いのものもたくさん飾られていますが、棚に置いてある哺乳瓶のような工業製品も作られているんですね。

(BABA labさいたま工房 棚にはキッズデザイン賞2016 受賞「ほほほ ほ乳瓶」が飾ってある)

 

(桑原)事業開始当初から哺乳瓶はやりたくて。メーカーのおじさん達からも、「素人が哺乳瓶作れるわけがない」のような冷ややかな目を感じていました(笑)。それが悔しかったんですね。最初に一番難しいと思われるものを作ってやろうと思って。それでおばあちゃんたちが孫の面倒を見るなかで困ったことを形にした、孫育て用の哺乳瓶に着手をしたんですけれども、できるまでには語りつくせないぐらいの苦労があって、5年ぐらいかかりました。ただ、様々な賞もいただきました。特にキッズデザイン賞の少子化対策担当大臣賞や国際ユニバーサルデザイン賞などを頂いたのは事業の広報として効果がありました。
 工業製品をつくる際には、おばあちゃん達には試作品のテストマーケティングに協力してもらっています。あとは商品開発のアイデア・・・例えばパッケージの色はどういうのがいいかとか意見をもらったり。そういう形でみんなに参加してもらってます。

—— BABA lab事業をやられて10年になると思いますが、最初のビジネスとしての事業は何だったんですか?

(桑原)最初から工房での「ものづくり」なんです。当時は駆け出しで、今や超売れっ子のグラフィックデザイナーがデザインしてくれた動物柄を、Tシャツやバッグに刺繍して、動物園のお土産で販売したり、イベントで販売したり、小さい規模でスタートしていきましたね。

——まず何かを仕入れてセレクトショップのように売るではなく、いきなり「ものづくり」からスタートしたんですね。

(桑原)商品を作って売るということが、どれだけ大変なのはわかっていたのですが、あえて難しそうな「ものづくり」からスタートしました。仕入れ品を集めて、おばあちゃんセレクトの雑貨屋としてスタートしたほうがリスクは少なかったかもしれません。 もしくはカフェとか惣菜屋とかそういった方が、ビジネスとしては考えやすいと思うのですが、ものづくりって夢があるし絵になるじゃないですか。おばあちゃん達がみんなで裁縫をしていたり、ミシンをしていたりする風景をを見ると、ああいいな、そういう風に年を取ってきたいな、と思うんですよ。
 そういう空間の創造も我々は担っていると思っていて。若い人達の生きる希望として、みんなが「将来通いたいな」とか「こんな場所が地域にあったらな」と思えるような場所を、作りたいなと思っていたんです。ものづくりで苦労するのは分かっていたんですけれども、難しい課題に挑戦してうまくいったらうまくいったでいいし、ダメならダメでも「こういったところが難しいんだよ」っていうノウハウができるし。その辺は最初から気楽に構えていましたね。

——工房の事業としては、「抱っこふとん」が一つの転換点になったのでしょうか?

(桑原)メディアで取り上げられると一気に人気が出ますし、工房に人も集まってくるので、抱っこふとんが売れたおかげというのはあります。とは言え、売れたといっても、経営面ではまだまだ苦労も多く、商品の売り上げなどで、工房のおばあちゃんたちや事務の人たちの賃金や材料費、固定費は出ますけれど、私の人件費が賄えません。つまり工房だけならここのみで収支が合いますが、BABA labの事業全体としてはこの工房の売上だけではやっていけてません。

——桑原さんが代表社員をされているシゴトラボ合同会社があって、その中のシニア事業でBABA labというドメインがあり、その中の一つの、おばあちゃんたちによるものづくり事業としてBABA labさいたま工房があるという認識でよろしいでしょうか。

(桑原)BABA labの事業全体としては、自治体からの受託で高齢者定性調査を行ったり、セカンドライフ支援に関するセミナーとか、または高齢者が通えるような生涯学習の場の運営とか企画を行ったりしています。その中で「BABA labさいたま工房」というのは、シニアが役割を得ながら、お金を得られる場所で、さらに地域の人と交流ができるという、自分が将来高齢になった時に、「こういう場所が地域にあったらいいよね」と思ってもらえるような素敵な場所で、そういった場所を我々が持ってるというのが、他の事業に活かせる双方向的な役割もあるし、そしてある意味実験的な場所でもあるんです。
 地域の皆さんやこうして取材などに来た方に「こういう場所っていいね」と思ってもらえる、私にとってもとても大事な場所だと思っています。最初から狙ったわけではありませんが、BABA lab事業の中で「BABA labさいたま工房」というのが広報の役割を果たしてるので、今は採算度外視でやってる部分もありますね。

 

(次ページに続く)

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2021年デジタルの日