【BABA lab代表/桑原静さんインタビュー】
「長生きするのも悪くない」とみんなが思える世の中へ。高齢者のものづくりを軸に、世代を超え地域の人同士のコミュニティの場を提供する。
2021.07.04 インタビュー
デジタルデバイドの解消には、単に「こうすれば便利」ではなく本質をわかりやすく親身になって伝えること。地域で気軽に教えれるような関係性、環境づくりが大切。
——高齢者の場合は特に、個人的にきっかけがないと、自ら進んでデジタルの方には進まない方たちがたくさんいると思います。桑原さんはそこはどうお考えでしょうか?
(桑原)もちろん若い人は順応性が高く、高齢者は新しいことを覚えるのに時間がかかったり心のハードルが高いのは事実です。ただし若い人でも ITリテラシーが低い人もたくさんいると思います。SNSでの発言や使い方で失敗する若い人がいるように、デジタルツールが使えればいいっていうことでもないと思うんです。
私は最近のなんでもDXっていう流れがちょっと嫌だなぁと思ってます。「便利だよ。こっちの方が便利だよ」「何でやらないの?あなたの生活が潤って便利になりますよ!」の一辺倒では、本質が見失われがちになると思うんです。
シニアコミュニティを運営していて感じるんですが、生身同士のコミュニケーションがあれば、多少面倒くさいことがあった方がみんな動くんですよ。便利になり過ぎる、便利ばかりを強調し過ぎるのもどうかな?とは思うんです。
携帯電話の契約などもそうですが、どうせ解らないからって詳細を理解させるプロセスが省かれてる気がするんですよね。パンフレットも料金や契約の詳細とかは端折って、良い所ばかり太くて大きな文字で書いて、高齢者はなんとなく契約まで行ってしまう。「便利だからいいでしょ?。そっちの方が絶対安くなりますから」とか言われて。
でも便利かどうか、安いかどうかっていうのは、本当は使う方が決める話じゃないですか。らくらくホンのほうが便利かも知れないけど、おしゃれなiPhoneがいいというシニアがいたっていいわけで。そういうところでも、解らないけどなんとなく・・・という過程の中で、本質を見失なわせていくことが一番怖いなぁと思っています。若い人から見たら高齢者はデジタルを使いこなせてなくて不便と思うかもしれないけれども、全部便利になる=(イコール)幸せっていうわけでもないとも思っています。
——デジタルを使えない、使わないことによって、いわゆるデジタルデバイドと言われるような、高齢者が損をするという状況が生まれてしまう可能性があることについてはどうお考えですか?
(桑原)スーパーでのスマホアプリでの割引やマイナポイントをもらえないだけだったら、本人がそれで良いと思ってるのなら、それでいいような気もしますけれど(笑)。
ただデジタルデバイドと言える大きな格差が生じている場合に、それを「あなたはそれでいいの?取り残されていいの?」っていう言い方ではない方がいいですよね。そういった人の生活に対して、こういったデジタルサービスを取り入れたらもっと幸せに暮らせるかどうかを理解してあげて、それでその人が納得してデジタルツールを使うようになったり、使いたいと思ったときに周りの人が手を差し出せる関係性があるとか、そういうサポートができる状態を作るっていうのが大事だと思ってるんですよ。
——単なる便利を伝えるのではなく、生活に与える本質を伝えることっていうのが、非常に重要だということですね。
(桑原)例えばメーカーがいくらシニアに親切な最新の技術を使ったスマートホンを作ったとしても、そのスマホを使い始めたら、いろいろと使い方を聞かれるであろう近所の人とか家族とか子供とか、孫とか・・・そこのコミュニケーションを支援していく方が、おそらくもっと大事なことではないかと。 本当は高齢者にとって日頃教えてもらわなければならないのは、そっちの方だったりします。そういう本質的なことに取り組んで、考えていかなきゃいけないと思っています。
——デジタルを使い始めるきっかけとは別に、伝え方ですね。 誰が誰に、デジタルデバイスやツールを使用することのそれぞれの本質を、どの様に伝えていくのか。それが非常に重要だということですね。
(桑原)難しいとは思うんですけれどもね。地域などにそれが根付いていくには、子供のICT教育にも関わってくると思いますし。だいぶ時間はかかると思います。
——この間行ったインタビューで、電子政府として進んでいるデンマークとかエストニアでは、多くの高齢者がデジタルに取り残されてしまっているというわけではないという話を伺いました。その秘訣の一つとして、孫や子供が家庭内で高齢者にデジタルを教えるという一連の流れができてるという話がありました。
(桑原)例えばイギリスだとデジタルバディと呼ばれる、近隣地域のサポートボランティアのようなデジタルバディを高齢者とマッチングする仕組みたいなのがあるそうです。「困ったことがあれば私が教えるよ」みたいな関係です。総務省のデジタル活用支援員のような大掛かりなものよりも、そういうバディで近所の人に気軽に聞けて気軽に教えられる環境づくり。それがあれば、高齢者のデジタルデバイドっていうのはかなり解消されるんじゃないかなと思っています。
それと話は違いますが、政府、行政、自治体のホームページとかも含めて、誰にでもわかりやすいユニバーサルデザインや、UXのルール策定とか、そういったことをしっかりやってほしいとは思っています。
あとはICT教育ですね。これからプログラミング教育が本格的に始まっていきますけれども、そこはこれからの世代が社会の仕組みを学んでいく上で、すごく大事だと思っています。本来なら、どの世代でもリテラシーは上げたほうがいいと思います。それによって情報をただ搾取されたり、サービスや便利さに振り回されることを避けられると思うのです。
——国や地方自治体がデジタルデバイド解消を考えると、インフラやデバイス、ツールの提供のみに行きがちな気がしています。
(桑原)最初はそこになるとは思うんですが、結局そのインフラとかハードとか、技術は短い期間でどんどん進化しますよね。そういうのって変わっていくっていうのが当たり前ですよね。でも高齢者の暮らしとか、近所の人との繋がりとか、家族と教え合うとか、そういった本質的なところって変わらないと思うんです。75歳にもなると急に気力体力が落ちるとか、そういう部分も大して変わっていかないと思うんですね。「俺は絶対に新しいコトなんかやらんぞ!」ていうおじさんだって、一定数多分どのような状態になってもいると思うのです。
そういった本質が、大事なポイントだと思うんです。その変わらない本質に対してサービスのデザインはどうしよう、今あるサービスをどう改善していこうって考えていくべきなのに、今は表面的な問題だけで議論している気がするんです。技術に振り回されるばかりだと、自分がシニアになる10年後20年後も心配です。今の状況も変わっていないんじゃないかと…。
——この前我々が実施した定量調査では、今デジタルができていると思っている方達でも、今後のデジタルの進化には非常に不安を持ってる方が多かったという結果が出ました。ソフトウェア、ハードの進化の速さに、多分自分はついていけないだろうと思ってしまう方が多いとも捉えられます。
(桑原)先日の朝日新聞朝刊に、ブレイディみかこさんの寄稿が載っていました。新型コロナの流行で、イギリスがロックダウンになり、小学生は家でオンライン授業になったじゃないですか。同時に、学校から親御さんに提供する子供のメンタルケアについての授業っていうのがオンラインで何回も開催されたらしいんです。日本だとそういう試みって聞いたことないんですよね。先ほど申し上げた外側というか、子供向けにオンライン授業をするというところばかりに目が行ってしまって、子供や保護者のメンタルサポートみたいなところが本当は大事なんじゃないか?本質はそこにあるんじゃないか?という気がしてしまうのです。
例えば将来、再度何か起こった時に、有事の際には、当事者のメンタルサポートも必要だということが認識されていれば、例えば20年後にオンラインツールがZoomじゃなくなってたって、人間の変わらない根幹の部分には対応していけると思うのです。でもやっぱり今のDXっていうのは、なにか人間の本質を置き去りにして、技術で生活をいかに便利にしていこうみたいなところばかりが議論されているように感じてしまい、私たちの日常ってもっと複雑なのになっていつも思います。
もし今使っているLINEがなくなっても、先ほど申し上げたデジタルバディのような関係性が地域にできていれば、次の新しいサービスLINE Bみたいなものもすぐに教えてもらえる。そういった環境が周囲にあれば、デジタルデバイドは解消されるものだとは思うのですが。
——デジタル社会の変化に対応できるように、高齢者に対して地域が気軽にサポートできる環境ですね。
(桑原)本当は、デジタルだけでは解決しない、高齢者の日常生活を含んだ未来へつながる仕組み、コミュニティづくりみたいなものを、もっと議論できるといいと思っています。最近は行政との議論でも、この辺には言及しているんです。
——まだ地域サポートや仕組みが無い中で、高齢者の方達も何回もお子さんやお孫さんにデジタルで分からないことを聞くのも申し訳ないという気持ちになってしまいますよね。
(桑原)今ちょっと考えているのは、学生って今、なかなかアルバイトに入れないんですよ(コロナ感染対策による短時間営業の影響)。そこで例えば、おじいちゃんにスマホの使い方を30分教えて「ありがとう」って500円をもらって、学食やコンビニでランチを食べる。そういうのを学校のロビーで昼休みだけ開放してできないかというのを専門学校や行政に提案しています。そんなやり方が身近でいいかなと。
それこそデジタル嫌いなおじいちゃんもおばあちゃんも、若い人のことは好きですしね。
若い子にとっても、年上の人とのコミュニケーションを取る機会をつくることで、就職活動の役に立ったり、いろんな年代の価値観に触れるという意味でも有意義な企画ではないかと思っています。
私たち世代が「長生きするのも悪くない」って思える社会に。そういう取り組みを10年かけてやっていきたい。
——最後に、BABA labの展望について教えてください。もしくは桑原さんご自身の抱負がありましたらお聞かせ願いますでしょうか。
(桑原)今年47歳になるのであと10年したら私もシニアだなと感じる一方、BABA labの事業を10年間やってきて、いまだに自分がシニアになる心の準備も出来ていないし、私たち世代がもっと長生きしたいと思える地域も実現していないなと感じています。次の10年はシニアがどこの窓口に行っても、必要な情報、地域の情報にアクセスできて、みんなで情報が共有できる、そういったさいたま市内の仕組みづくりをやっていきたいと思っています。
さいたま市内では、セカンドライフサポートの窓口が浦和駅前にあります。市内にはいくつもシルバー人材センターの窓口がありますし、県庁所在地なので、埼玉のシニア向け仕事の窓口もあるんです。つまりシニアが定年後何をしようかと思った時に相談できるところはたくさんあるんです。
でも実際のところ利用率があまり良くなく、窓口はたくさんあるのですが、ここはボランティアの窓口、ここは就労の相談窓口とか・・・ワンストップで支援や相談を受けられないんです。そして情報もバラバラで、一元化されてないのが実情です。
そのバラバラになった情報の一元化、そして、さいたま市内でのシニアの起業・就業に関するボランティアのワンストップ窓口づくりをやろうと思っています。地域には、例えば、デジタル上に載らない、チラシの情報ってありますよね。そういうアナログの情報も含めて、シニアのための情報一元化ができるシステムを作りたいなと思っています。ただデータベースがあればいいってわけではなく、日々の生活の中でもちゃんと情報が更新されていくような、そういった地域の中でのリアルな運用の仕組み作りもやっていかなければならないので、長い時間がかかるだろうと覚悟しています。
それと先ほども話がでましたが、シニア向けにツールやアプリを作ろうとなった時に、ヨーロッパの方には制作の指針となるような、ルールみたいなものがあるんです。デザイナーや開発者が高齢者のために意識しなきゃいけないみたいな決まり事。そういったデジタルツールにおけるデザインルールの策定とか情報保護ルールを、BABA labとして考えていきたいと思っています。そのための委員会も積極的に開いてきたいです。国がやると硬くなりそうなんで、我々がちょっと先にやってみようかなと思って(笑)。
実際に、7月にさいたま市と埼玉県、シルバー人材センターなど、5機関ぐらいの担当者に集まっていただいて、どのような情報を保有しているか、というのをみんなで話す会議を開催するんです。
——それは桑原さん主催でやられるんですか?
(桑原)私から皆さんに声をかけました。でも一朝一夕にできることではないので、少しずつやっていくしかないかなと思っています。自分が歳を取る前に、なるべく早く間に合わせたいとも思っているのですが。
そのための努力のひとつとして、技術者の方と知り合ったり、新しい知識を得やすくするために「シビックテックさいたま」という市民団体も立ち上げました。
——桑原さんは世話人という肩書きなんですね。
(桑原)今後シニア向けのいろんな仕組みを作る中で、テクノロジーの力を使って解決しなければならない場面っていうのが増えてくると思っています。そこで新しく団体を作りました。シビックテック業界の会合でBABA labの話を話すと、「現場の話が面白いね」と興味を持って頂き、エンジニアなど、今まで知り合うきっかけがなかった人たちと繋がることができました。なので今はBABA labとシビックテックさいたまの両輪で事業を進めています。
ある時はシビックテックさいたまの世話人としてフォーラムに出させていただいて、その時に BABA labの話もして高齢化社会に非常に興味のあるエンジニアの人から話しかけられたりして。
——シビックテックの業界の中では、BABA labは非常にキャッチーな存在になり得ますよね。
(桑原)キャッチーなんですよ。どこへ行っても「ええっ」ていう驚きと「すごく面白いね」って反応と。非常にポジティブな反応をいただいてます。
——本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!
(BABA labさいたま工房にて)
編集後記
インタビュー終了後、デジタルわかる化研究所への今後の期待を聞いてみました。「久喜市長へのインタビューを読ませていただきましたが、ああいった市長さんのデジタル関連の話ってなかなか聞く機会がないので、とても面白かったです。なかなか会えない行政の人達のデジタル政策やデジタルデバイドに関するお話をたくさん聞いていただけると読む方としては嬉しいです。」と仰っていただきました。
国や自治体がデジタル社会を強く推進すれば、シニア世代の一部は取り残されてしまう可能性があります。そういった高齢者デジタルデバイドの解消には、それぞれの人にそれぞれ合った“きっかけ”と共に、本質を理解した上での地域コミュニティでのサポートや、生身の親身なコミュニケーション、といったアナログな方法が大切と桑原さんは強く仰っていました。
今後、高齢者をターゲットとするビジネスはますます増えていくと思われる中で、その外側だけの議論ではなく、高齢者の生活や地域や家族との関わりといった、本質まで考え抜いた、高齢者世代が本当に必要としているサービスやサポートが創造され、「長生きするのも悪くない」という社会の実現に向けて、当研究所も微力ながらお手伝いしていきたいと思いました。
デジタルわかる化研究所 岸本暢之