【連載】『デジタル化先進国』デンマークの実状を知る
~海外から見る日本のデジタル化・デジタルデバイドの問題~

2021.06.28 インタビュー

第一回「デジタル化の成功要因と成熟したデジタル化社会の課題」はこちら
第二回「デジタル化先進国デンマークにデジタルデバイド(情報格差)は存在するのか?」はこちら

連載第一回は行政のデジタル化に成功したデンマークに焦点を当て、その成功要因について、第二回ではデンマークにおいてデジタルデバイド(情報格差)は存在するのか、その実情と国の対応策に関してロスキレ大学准教授の安岡美佳さんに語って頂きました。
 最終回となる本記事では、海外に住む安岡さんの視点で『日本のデジタル化・デジタルデバイドの問題』についてお話し頂きたいと思います。

※なお、今回は新型コロナウィルス感染拡大防止対策として、Zoomミーティングを利用したリモート取材となりました。

プロフィール:安岡 美佳(やすおか みか)

 ロスキレ大学准教授/北欧研究所代表。専門は社会におけるIT。北欧のデザイン手法(デザインシンキング、ユーザ調査、参加型デザインやデザインゲーム・リビングラボといった共創手法)を用い、ITやIoTなどの先端技術をベースに社会イノベーションを支援するプロジェクトを多数実施。京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学博士取得。北欧におけるITシステム構築手法としての参加型デザインやリビングラボの理論と実践、それら手法の社会文化的影響に関心を持つ。近年では、IoTやコンピュータシステムが人々のより良い生活にどのように貢献できるかといった社会課題の解決に、参加型デザインやリビングラボの知見を応用するプロジェクトに取り組んでいる。著書に『リビングラボの手引き – 実践家の経験から紡ぎ出した「リビングラボを成功に導くコツ」』、『37.5歳のいま思う、生き方、働き方』など。

聞き手…デジタルわかる化研究所 岸本暢之、豊田哲也
インタビュー実施日…2021年4月19日

 

海外からみた日本のデジタル化はどう見えるのか?

(デジタルわかる化研究所)これまでのお話を通して、文化や環境、政策の進め方など、様々な視点で日本とデンマークには違いがあることがわかりました。人口規模も違えば歴史も異なるため、一概に比較するべきではないと思いますが、海外に住む安岡さんにとって日本のデジタル化はどう見えるのか?またデジタルデバイド問題にどう取り組んでいくべきか、見解をお聞かせください。

(安岡)デンマークのデジタル化政策の進め方を見ていて、日本においても有効な考え方だと感じるのは『デジタル化の優先度』を意識した政策進行です。第二回でお話させて頂いたデンマークの奨学金申請のデジタル化が良い例ですが、国民のニーズ・必要性が高い制度や仕組みからデジタル化するのが望ましいと考えます。高い費用対効果が期待でき、結果的に政策の成功事例を作ることができれば、国民の信頼も得やすくデジタル化も加速していきます。

 現在の日本の進め方を見ていると、デジタル化に着手する目的や意図に関して、政府と国民間の合意が取れていないように感じます。また、どういう状態になると国民が喜ぶのか、というビジョンを国が持っていないこと、市民の参加環境が整ってないのも課題だと思います。

(デジタルわかる化研究所)デジタル化そのものが目的ではないですものね。なぜデジタル化するのか、デジタル化することで生活がどう改善されるのか明示する事は重要だと思います。日本に住む私たちから見ても、政府や自治体の取り組みに関して『デジタル化に取り組んでいますよ!』という看板を掲げるためのデジタル化政策になってしまっていることが多いと感じます。

 

政府・地方自治体のオープンデータ化について

(安岡)最近、日本の地方自治体における、オープンデータ化の達成度に関して調べていたのですが、驚くことに80-90%の地方自治体は達成しているという結果でした。しかし実状としては、自治体が発信する情報の一部(多くの場合市民の生活に役立つものとは言い難い内容)がPDFデータとしてオンライン上に掲載されている状態に過ぎず、北欧のオープンデータ化と比べると達成基準が低いようにも思えます。

 また、北欧の自治体では情報の透明性を高め、自治体への信頼性を高めることを目的として、オープンデータ化を進めています。一方で日本の自治体に関しては、保有するデータを『何%PDF化して公開した』といった数値の達成がゴールになってしまっているように感じます。これはオープンデータ化の話ですが、その他行政のデジタル化に関しても同様の課題があるのではないでしょうか。

※オープンデータとは
国や地方自治体が所有している様々なデータを誰でも無料で自由に利用できるルールでインターネット上に公開すること。例えば地方自治体では医療機関やWi-Fiのアクセスポイントの一覧、地域の人口といったデータの公開が国に推奨されている。オープンデータ化の主目的は、データを活用した新事業の開発促進とそれに伴う経済の活性化、行政の透明化を通して地方自治体への信頼性が上がること。

(デジタルわかる化研究所)オンライン上にオープンデータが増えたとしても、データにアクセスしよう、活用しようと国民や民間企業が思える有益な情報でなければ意味がないですよね。日本のデジタル化の未来に不安を覚えます。

 

デジタル化の先にある、より良い未来が想像できるか?国民の支持を得るために必要な事

(安岡)もしかすると日本は、デンマークのレベルでデジタル化しなくてもいいのかもしれません。『諦め』ではありませんよ(笑)というのも、デンマークや、デンマークの自治領であるフェロー諸島(人口5万人)の場合、日本と違って国の規模が小さいので、少ない人材を有効活用するためにデジタル化していかなければならない、という危機意識は高かったように思います。

 人が関わらなくても済む手続きや業務は機械に任せ、国の成長に繋がる分野に関しては限られた人材を割り当て、有効活用していく事が必然でした。

(デジタルわかる化研究所)人口で比較すれば確かに日本はデンマークの21倍以上の規模があるわけですが、とはいえ少子高齢化の社会問題を考えると、デジタル化によるリソースの最適化は今後の経済成長に欠かせないように思います。
  国が危機感を持っていないとは言いませんが、日本が今後どう成長していきたいのか、そのためにどんなデジタル化が必要なのか、わかりやすく国民に伝えて合意を得ていく必要はありそうですね。国民の合意・支持を得るには、国民が生活の利便性向上につながる実感・成功体験を多く作っていく必要がある中、例えばマイナンバーカードやマイナポイントがそのきっかけになるといいですが。

(安岡)政府が的確に国民のニーズを拾い上げる、また市民が積極的に関与して、マイナンバーカード等の施策を通して課題解決できると、国民にとってデジタル化の先にある『良い未来』を想像しやすくなるかもしれないですね。そうなればデジタル化を支持する人も増えると思います。

 もう1つ、政府が国民の支持を得るためには、オープンデータ化の話にも出てきました『情報の透明性』があると、なお良いかと思います。北欧の場合、政府の透明性は非常に高く、例えば、デジタル化された個人情報がどのように使われているのか、国民は自由に確認することができます。第一回で紹介させて頂いた住民ポータル(Borger.dk)のウェブサイト上で、自分の情報に対して誰がいつ、どういった用途でアクセスしたか確認できるんです。

 具体的には、私の住む地域の地方自治体が、子供の通う学校を決める為に住民ポータル上の住所情報を確認すると、その履歴が残ります。病院の先生が診断する際にヘルスケアデータを確認した場合も同様にアクセスした履歴が残ります。また、情報の透明性が担保させられている安心を国民が感じられるようなシステムデザインになっていることも大事だと思います。日本の自治体がどんなに情報をPDF化してオンライン上で情報開示しても、システムデザインが悪く情報の透明性を感じることができなければ、国民の安心や信頼を得ることは困難です。結果的にデジタル化の価値を下げることになります。

 デンマークの医療サービスポータル 『Sundhed.dk』より 診療履歴を確認する画面を抜粋

住民ポータルと連携されているデンマークの医療サービスポータルでは、病院での診療履歴、薬剤処方の記録など、医療に係る個人情報が確認できるようになっている。医師や薬剤師が情報を確認したい場合、その履歴がすぐに確認できる等、透明性の高いシステムデザインになっている。

(デジタルわかる化研究所)行政側が目的意識を持ってデジタル化、オープンデータ化を推進しても、その価値を国民が感じられないと結果として費用対効果が悪くなりますね。これまでの記事にも通じますが『伝え方』の工夫、良い『システムデザイン』無くして、真の行政のデジタル化はできないと感じました。
 情報格差の問題に関しても、課題は情報を受け取る側のスキルや環境だけではなく、情報を発信する側の伝え方にもあると思います。今後の研究において重要な気づきになりました。

 この度は、日本で情報を得る機会が少ないデンマークのデジタル化事情を含めて、連載全3回におよぶ貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!

 

連載コンテンツ一覧を見る