【埼玉県久喜市 梅田市長インタビュー】
【連載】「オール久喜(くき)」で推進する。
“誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化”(後編)

2021.05.28 インタビュー

 

「GIGAスクール推進室」を設置し、
久喜市版「未来の教室」4プラス1のコンセプトを実現。

——久喜市版「未来の教室」を実現していく「GIGAスクール推進室」も今年度設置されましたが、こちらの今後取り組みについてのお考えを教えてください。

(梅田市長) 久喜市では文部科学省が打ち出した「GIGAスクール構想」を踏まえ、令和の時代に実現するICTを積極的に取り入れた学校の姿を「久喜市版 未来の教室」というコンセプトにまとめています。そしておっしゃる通り、GIGAスクール推進室のミッションは、久喜市版未来の教室を実現させることです。「久喜市版未来の教室」構想は、現実の教室とオンライン上の仮想教室を連動させることで、4プラス1のコンセプトを実現するものです。

——「久喜市版未来の教室」4プラス1のコンセプトとは具体的にどのようなものでしょうか?

(梅田市長) 1つ目は、時間や距離に制約されないオンライン教育の実施です。日常から現実の教室とクラウド上の仮想教室を連動させているため、非常事態でも、速やかにオンライン授業に移行できます。テレビ会議システムを使用して、国内外問わず、他の学校・地域・企業等とつながった学習を行うことができます。学校に来ることが難しい児童生徒も、家庭などからオンライン上の仮想教室に参加することで、リアルタイムで授業に参加し、皆と一緒に課題に取り組むことができるようになります。市役所よりも学校の方がDXにおいてはある部分進んでいるんですね(笑)

 2つ目は、客観的・継続的データに基づく個別最適な学びの提供です。学習履歴がデータとして蓄積され、発言していない児童生徒も含めた一人一人の学習状況が把握しやすくなり、より個に応じた指導や支援ができるようになります。さらに反復学習は、オンライン上のドリルやワークを利用することで、学習状況に応じて自動で復習すべき内容が示唆されます。ゆくゆくは、児童生徒一人一人がAIのサポートを受けながら自分の課題に向かって自律的に学習を進め、教員がその学びを個別に支援する授業を実現していくつもりです。

 この成果は、昨年度Google社 × 東京大学CoREF × ベネッセコーポレーションと共同で実証実験を行っていた清久小学校では顕著に見られておりまして、例年よりも学力テストの結果が飛躍的に向上いたしました。これが市内に水平展開されれば、久喜市の他の小中学校での学力水準も底上げが図られるものと、確信をしています。

 3つ目は、汎用的な能力を養うSTEAM化された学び※の提供です。これは、未知の課題を主体的に受け止め、多様な他者と協働し、最適な解を創造的に生み出すことができる力を養う、プロジェクト型の学習スタイルです。子どもたちのワクワクする気持ちを大切にして、「創る」ために「知る」教科横断的な学習を実施できるようにします。地域や企業等と連携して、社会とつながる教科横断的なPBL(問題解決的な学習)や、プログラミング的思考などの情報活用能力と結び付けた学習を実施します。

(※STEAMは、Science、Technology、Engineering、Art、Mathematics の頭文字で、科学・技術・工学・芸術を始めとする文化的教養・数学に重点を置いた教育や人材育成のこと)

 4つ目は、クラウド・バイ・デフォルトの原則※に基づく、統合型アプリケーション(Google Workspace for Education)を活用した校務の効率化を実現します。市内全児童生徒及び教職員に久喜市教育委員会が発行する教育用グーグルアカウントを配布し、クラウド上に、そのアカウントでのみアクセスできる教職員用及び児童生徒用のワークスペースを作り、これまで紙に記録していた様々なデータを連携させ、ペーパーレス化や自動化・効率化を強力に推進します。まさに教職員の方々の事務負担軽減につながるものとして期待を持っています。

(※情報システムの構築・整備に関しては、クラウドサービスの利用を第1候補として考えるという方針)

 

 そして、最後にプラス1として、これらのコンセプトを実現していくために、ICTを使いこなしつつ人間教師の良さを生かした学びのコーディネーターたる教師を育成します。ここが一番重要だと思っています。

 そのために、これまでバラバラに実施されていた教職員の研修を体系化し、オンライン研修と集合研修をハイブリッド化することで、キャリア段階やニーズに合わせた研修を受けることができるようにしているところです。

——ICTを活用し、さらにそれに対応できる教師の育成にも力を注いで、質の高い教育を目指すというわけですね。

(梅田市長) その通りです。これら4プラス1のコンセプトを実現するために、GIGAスクール推進室には、Google認定教育者の資格※を持つ指導主事を3名とシステムエンジニアリングの経験を有するICT専門官を1名配置いたしました。またこれまでは、学校の情報化に係る端末等を調達する課と、ICTの活用や教職員への指導を行う課が別になっていましたが、これを一体化することで、効果的に推進することができるようにいたしました。

 さらに、令和2年度には市内の小学校でGoogle社やAmazon社等と連携して、次世代の学校教育について研究してまいりましたが、令和3年度にもGIGAスクール推進室を通して様々な企業等と連携し、これからの学校教育について先行的に研究して行く予定です。

(※Google が教師個人に向けて発行する認定資格。実際の校務や授業において Google for Education を活用するスキルがあることを、世界に向けて証明することが可能)

——この「久喜市版未来の教室」実現にあたって、現在認識されている課題について教えてください。

(梅田市長) 課題としましては、学校現場での1台当たりの通信帯域の確保、家庭への持ち帰りを想定した端末の充電・貸し出し用ACアダプタの問題、教職員用の端末の整備、通信環境のない家庭への経済的支援があります。

 そして、これらの課題を解決していくことも、非常に大切なデジタルデバイド解消への取り組みの一つだと思っています。 

 

ICT教育はデジタルの分野における大人と子どもたちの関係を「共に学んでいく」存在にし、デジタルデバイドを解消する一役になる可能性を秘めている。

——デジタル行政サービスの先進国であるデンマークやエストニアでは、小中学校でのICT教育が、家庭内で高齢者が子や孫に聞きやすい状況を作り、デジタルデバイドを解消する一因になっているとも聞きます。市長のICT教育についてのお考えをお聞かせくださいますか?

(梅田市長) ソサイエティ5.0時代は、現実空間と仮想空間が融合し、全ての人に、必要なものが必要なだけ届く超スマート社会と定義されます。この社会を生きるには、テクノロジーの活用は必須であると言えます。GIGAスクール環境下で教育を受ける子どもたちは、私たちが紙と鉛筆に慣れ親しんでいるように、ICTを使うことは日常的な、当たり前のことと受け止めていくことでしょう。

 一方で、そのような教育を受けていない我々大人たちの中には、デジタルデバイド・情報弱者として、社会から取り残されてしまう方が出てしまうおそれがあります。この問題は行政全体で対処しなければならない問題であると考えます。エストニアやデンマークのように学校でのICT教育、「久喜市版未来の教室」がその解消に一役買ってくれることも期待しています。久喜市でもすでに、PCでのアカウントの切り替え方法やテレビ会議の参加方法を、大人が子どもから教わったといった話も伺っています。

 これからの時代は、私たち大人は、子どもたちに「教える」存在ではなく、共に生きる先達として、時に子どもたちに教え、時に子どもたちに教わりながら、「共に学んでいく」という存在になっていくのだと思います。デジタルに詳しくないからといって、不当な扱いを受けたり、苦しい思いをしたりしなくてはならないとしたら、それは私たちが目指す社会とはまったく異なります。少なくとも私は、全ての人が幸せに生きられるような、デジタルデバイドを生み出さないような久喜市を創りたいと考えています。

 

行政のデジタル化は、市民が安心して暮らせる未来ための「手段」であるべき。勇気をもってアナログを残すことも。誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を推進していきたい。

——この前とある政令指定都市に行ってきたのですが、そこの市長は、国よりも圏域の方がイノベーションのスピードは速いとおっしゃっていました。今、様々な地方自治体が未来を模索していると思いますが、梅田市長の中では、未来の久喜市のビジョンをどのように描いていらっしゃいますか?

(梅田市長) 2020年12月閣議決定の「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」において、目指すべきデジタル社会のビジョンとして「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会~誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化~」という方針が示されました。私も、このビジョンに賛同し、これに則って久喜市におけるデジタル社会の実現を進めていきたいと思っています。

 そして、(とある政令都市の市長が)おっしゃる通り、「国よりも圏域・基礎自治体のほうがイノベーションのスピードは速い」との考えも共通しております。圏域単位であれば、地域の特徴、ライフスタイル、インフラの整備状況が類似する点が多く、ピンポイントに対応が可能だと認識しています。実際、(久喜市では、)近隣の市町と共同で職員研修を実施するなど、圏域で人材育成に取り組んでいます。情報政策に関して言えば、通信回線や通信機器が発達したことにより、基礎自治体が複数で情報システムを共同運用することが容易になりました。以前は、情報システムを構築する場合は、個々の自治体で自庁舎にサーバを設置してネットワークを組んでいましたが、これからは、自治体同士でクラウド技術を活用したシステムの構築が主流になってくると思います。少子高齢化が進む中で、多くの自治体は、財源不足に陥ります。情報システムの共同運用は、割り勘効果によるスケールメリットを生み出すことができ、財政負担の課題も多少はクリアできると思っております。

 今後、生産年齢人口は減少し働き手が不足するようになっていきます。そのため、これを補うためにICTを活用することは、当然のことだと考えております。生活様式の多様化により、「市役所の窓口は平日の昼間だけ」では満たされる訳がなく、ICTの特性を生かした「時間、場所を問わない」サービスの提供も、これからは必要となってくると考えます。

 ただし、勘違いしてはいけないことは、目的と手段の明確化であると思います。行政をデジタル化することが目的と考えてしまうと、「サービスをデジタル化しておしまい。」となってしまい、市民の利便性が置き去りになってしまいます。また、場合によってはデジタルデバイドが生じ、取り残されてしまう方もいるかもしれません。

 あくまでも、行政のデジタル化は、市民サービス向上のための「手段」であるべきだと考えています。デジタル化の向こうに、市民が安心して暮らせる未来が見える…というように私は捉えております。

 デジタルデバイド、情報リテラシー、セキュリティ等に課題があるのであれば、アナログな部分も勇気をもって残す必要もあると思っております。ただし、このことに固執してしまいますと、大きく前に進むことはできなくなってしまいますので、地域の特性、時代の流れを敏感にキャッチし、誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化を推進していくべきではないかと考えています。

——本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!

編集後記

 「若い世代を呼び込める魅力のあるまちづくり」を掲げ、現状に満足せず、未来を見据えてさらなる市民サービスの向上、市民が安心して暮らせる「健幸」な街を目指してチャレンジし続ける梅田市長。「オール久喜(くき)」をスローガンに、「子どもたちの学びを止めない」「子どもたちに笑顔を」の号令のもと全員で頑張って実現した、オンライン授業は、その未来を見据えたチャレンジが結実した一つの形だと言えるでしょう。

 インタビューでも出てきたように、それでもまだデジタルデバイドに関する課題は完全に解消したわけではありません。これからデジタル化が推進されていくことによって、現在久喜市でも顕在化されている「経済的」「情報リテラシー」以外の理由による潜在的かつ多様なデジタルデバイドもさらに表に炙り出されていくでしょう。それでも「オール久喜(くき)」であればそういった課題も解消していけるのではないかという期待を持たせてくれたインタビューでした。梅田市長がおっしゃった「アナログな部分も勇気をもって残す必要もある」という言葉がとても印象的でした。

 梅田市長から、もっと具体的な現場の話、特にICT教育とデジタルデバイドに関する現状や課題を聞きたいなら…と、久喜市教育委員会指導主事であり、GIGAスクール推進室長の川島尚之さんをご紹介していただけました。ぜひまた改めて、臨時休業中の苦心と工夫を糧にした「学びを止めない」学校づくりの実際と課題について、聞いてみたいと思います。

【久喜市教育委員会 GIGAスクール推進室長/川島尚之氏インタビュー】はこちら

 

デジタルわかる化研究所 岸本暢之/豊田哲也/長内隆之

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