【連載】『デジタル化先進国』デンマークの実状を知る
~デジタル化先進国デンマークにデジタルデバイド(情報格差)は存在するのか?~

2021.05.28 インタビュー

第一回「デジタル化の成功要因と成熟したデジタル化社会の課題」はこちら

 

 連載第一回は行政のデジタル化に成功したデンマークに焦点を当てて、その成功要因についてロスキレ大学准教授の安岡美佳さんに語って頂きました。今回はデジタル化先進国のデンマークにおいて、デジタルデバイド(情報格差)は存在するのか、その実情と国の対応策に関してお話し頂きたいと思います。

※なお、今回は新型コロナウィルス感染拡大防止対策として、Zoomミーティングを利用したリモート取材となりました。

 

プロフィール:安岡 美佳(やすおか みか)

 ロスキレ大学准教授/北欧研究所代表。専門は社会におけるIT。北欧のデザイン手法(デザインシンキング、ユーザ調査、参加型デザインやデザインゲーム・リビングラボといった共創手法)を用い、ITやIoTなどの先端技術をベースに社会イノベーションを支援するプロジェクトを多数実施。京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学博士取得。北欧におけるITシステム構築手法としての参加型デザインやリビングラボの理論と実践、それら手法の社会文化的影響に関心を持つ。近年では、IoTやコンピュータシステムが人々のより良い生活にどのように貢献できるかといった社会課題の解決に、参加型デザインやリビングラボの知見を応用するプロジェクトに取り組んでいる。著書に『リビングラボの手引き – 実践家の経験から紡ぎ出した「リビングラボを成功に導くコツ」』、『37.5歳のいま思う、生き方、働き方』など。

 

聞き手・・・デジタルわかる化研究所 岸本暢之、豊田哲也

インタビュー実施日・・・2021年4月19日

 

デンマークにデジタルデバイド(情報格差)は存在するのか?その原因や対策は?

(デジタルわかる化研究所)デジタル化が進み、幅広い年齢層の国民がICTを日常で活用する一方で、情報格差は存在するのでしょうか?またその原因や国のとる対応策について教えてください。

(安岡)現在、15歳以上のデンマーク国民の内、約1割がデジタル化に対応できていないと言われています。主に高齢者と重度障がい者が該当します。

(デジタルわかる化研究所)政府はデジタル化に対応できていない高齢者や障がい者の方に対して、なにか支援を行っていますか?

(安岡)高齢者に対しては、必要な申請手続きに関して、役所の窓口でサポートを行っています。また、高齢者団体が地域にある図書館などの施設を活用して、デバイスの使い方やインターネットサービスを使った各種申請の方法をレクチャーしています。障がい者に関しては、その方が日常で利用する障がい者施設にて、支援やレクチャーを受けることができます。

(デジタルわかる化研究所)あらゆる手続き・申請がデジタル化される中で、デジタル化されたサービスの利用に苦戦している国民に対してはリアル(役所や地域にある施設)で支援を行っているんですね。ウェブサイトやアプリで提供されているサービス自体に配慮や工夫は施されているのでしょうか?

(安岡)前回の記事でお話させて頂いた「アクセシビリティ(情報へのアクセスしやすさ)やユーザビリティ(使いやすさ)を追求する文化」の内容に関連しますが、高齢者や視覚障害、聴覚障害を持つような方でもアクセスでき、利用しやすいウェブサイト・アプリを増やしていこうという動きがあります。
 出来るだけ多くの人が利用できることを目指したデザインを「ユニバーサルデザイン」と呼びますが、現在デンマークにおいて、公共・民間問わず重要視されている考え方だと感じます。

 

政府のデジタルデバイドに対する意識について

(デジタルわかる化研究所)お話を伺いしているとデンマーク政府のデジタルデバイド問題に対する意識は高いように感じますが、日本政府と比べて意識の差、違いは感じますか?

(安岡)正直現時点では、デジタルデバイド問題に対する関心度は日本の方が高く、対策に向けた動きも日本の方が活発なのではないかと考えられます。理由として、デンマークは日本よりも早くに政府のデジタル化に取り組み始めており、デジタル化されたサービスは『長い年月をかけて国民に普及しきった状態』であることがあげられます。
 昨今日本で取り組まれている情報格差対策は、デンマークにおいて過去既に実施されており、先ほどお伝えした支援やサポートというのは、その歴史を経た上で存在する一部の高齢者、障がい者の方に対して提供されているんです。

※上記は安岡さんにて取りまとめたデンマークにおける電子政府政策、個人情報保護・セキュリティの年表。1968年には既に個人番号が導入され、そこから既に50年以上が経過している。その過程で多くの政策を通して国民へのデジタルサービス浸透、サービスに対する信用を高めてきたことが伺える。

(デジタルわかる化研究所)そもそも政府のデジタル化の歴史、ステージが違うということですね。デンマークのようなデジタル化が成熟した国において、支援が必要な人がまだ一定数いるという事は、日本も将来同じ状況になる事を想定した方が良さそうです。
 デジタルデバイドの問題が100%解消される社会を目指すのは困難であることを前提に、支援が必要な国民を放置せず、サポートできる仕組みを作ることがポイントだと感じました。

 

デンマークに住む高齢者のデジタルリテラシーについて

(安岡)国民の1割はデジタルサービス利用にあたっての支援が必要で、その内訳として高齢者が多いとお伝えしましたが、一方でデジタルデバイスを使いこなせる高齢者の割合は日本よりも高いと思います。
 その背景の1つに、1960-70年代に推進されたオフィスオートメーションと女性の社会進出があります。当時、紙を使い手作業で行われていた事務作業を、コンピュータ技術を利用して電子化し、一部自動化することで効率化を図る動きが活発化しておりました。そして、オフィスオートメーションが進んだ企業に多くの女性が就職し、業務を通してコンピュータを使える女性が増えました。もちろん理由はこれだけではないですが、こういった背景もあり、現在70-80代の方はブライドタッチ(キーボードのキーを見ずにタイピングすること)ができる人も多いです。
 日本の高齢者がデジタルデバイスに抵抗感を持つ要因は、もしかすると『現役時代に仕事や日常生活で必要に迫られた経験が無かったから』かもしれませんね。

(デジタルわかる化研究所)確かに「会社の業務でデジタルデバイスを利用しなければならない状況」というのはデジタルリテラシーを高める起爆剤になりそうです。
 今は日本も、コロナの影響でテレワークを実践する企業が増えました。テレワークを通して、今まではデジタルサービスに関心を持っていなかった社員もZoomやTeams等、最新のコミュニケーションツールを駆使して業務を行っている様子はお話頂いた内容と近しい状況だと思いました。

 

国の政策だけでデジタルデバイド問題は解消できるのか?

(安岡)こういった歴史的背景に加えて、デンマークの充実した社会保障制度や、推進力あるデジタル化政策、国を信頼し義務を果たす国民性が相互作用して、デンマークのデジタル化は成功したと考えています。

 一方でこの環境下でも、国民の100%がデジタル化に対応できているわけではありません。わずかに残る課題や政策の行き届かない部分はNPO法人や家族の支援によって支えられています。実際に「ICTが日常的に活用できている高齢者」の実情をみると、不安を抱え、ドキドキしながら使っている方も多いんです。そういった人たちは、時に子供に聞いたり孫に聞いたり、友人に聞いたり、図書館のITカフェに訪れて教えてもらったりしているケースをよく聞きます。

 昨今の技術があれば、サービスへのアクセスのしやすさや使いやすさを追求することで、高齢者でも日常的利用が比較的簡単にできるサービスを構築できることは可能だと思います。ただ、例えばPC、スマートフォンのアプリインストールや初期設定は困難な場合も多く、家族や周囲の人々が支援してあげるということが必要なのではないかと思うのです。AかBか、1か0か、使えるか使えないか、ではなく、様々な方法で一つ一つ困難な問題を解消していくイメージです。

(デジタルわかる化研究所)どんなに国の政策がスムーズに進んだとしても、デジタルデバイドの問題が0になることはなく、家族や友人、民間支援団体など、国民同士の相互支援が増えていく事も重要なんですね。

 日本では総務省が高齢者を対象としたスマートフォンやマイナンバーカードを利用した行政手続きの講習会を2020年6月から始まります。この政策をきっかけにどの程度の高齢者がICTを活用できるようになるのか、政策が行き届かない部分はどのようにフォローしていくべきなのか、デジタルわかる化研究所としても経過を観察し、研究していきたいと思います。

 

 今回お話をお伺いしていて、日本とデンマークのデジタル化のステージ、環境、そして国民性の違いがたくさんあることを改めて認識しました。 次回の記事では、デンマークに住む安岡さんの視点で日本のデジタルデバイド問題について、考えを伺いたいと思います。

(続編『海外から見える日本のデジタルデバイド問題』に続く)

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