高校野球もDXで常に進化する

2023.10.18 インタビュー

成功体験は、変化を止める原因になりやすい。
DXが進まない企業や組織がその理由をあげることが多い。
スポーツにおいても同様のことが起きる。
伝統校はその成功体験の量から、変わりにくく、デジタル化も進みにくい。
最もラプソードを使いこなしている高校は?
意外にも、それは今年(2023年)全国高校野球選手権愛知県大会三連覇を果たした愛知工業大学名電高等学校。
伝統校であり、メジャーリーガーを始め多くのプロを輩出する名門。成功体験はたくさんある。しかし、その練習はいつも最先端を追究していた。

愛知県大会直前。
三連覇し甲子園を目指すチームのグラウンドに倉野光生監督を訪ねる。
(結果は三連覇達成し、甲子園出場)
愛知県のみならず関係者なら誰もが知る名監督。
その指導は常に進化する。

 

良いと思ったらやってみる。

ラプソード等のデジタルツール導入については、伝統校は使わない傾向にあるという話を聞きますが、愛工大名電は積極的に使っていますね。それはなぜなのでしょう。きっかけを教えてください。

7年前にグラウンドを改装しました。以前は小さな野球場でした。鴻野淳基(西武・巨人他)や工藤公康(西武・ダイエー他)たちが使っていた球場です。それを国際規格に改装したのです。

100回大会(第100回全国高等学校野球選手権記念大会・2018年)にはどうしても甲子園に出たいというタイミングで、それにむけて「環境づくり」を推進しました。まずはグラウンドをつくりかえる。そして、新しいグラウンドで練習を始めたのですが「何か足りない」と思うようになりました。もう少し刺激が欲しいと。

メジャーリーグ中継を見ていると、アメリカはピッチャーの球速が早い。なんでアメリカはあんなに速いのだろうと疑問に思い、私たちのグラウンドもスピードガンをつけたらどうだろうという話になりました。その時、スピードガンについていろいろ調べたのですが、そこで分かったのが「アメリカのスピードガンと日本のスピードガンは全然違う」ということに気づきました。アメリカのStalkerというスピードガンは、とても正確でした。ただ日本にはなかったのです。

当時あれは日本にはほとんど入ってきていませんでした。たまたま使ってみる機会があり、実際に測ってみると、Stalkerでは速いのです。日本で測っていた数字と違う。当時の日本で使われていたものと比べると、性能がすごい。データの取り方が違う。ピッチャーの指から離れた瞬間からホームまでの間のたくさんのデータを拾っています。

それなら、そのアメリカ式の正確な数字を表示できるようにしようと思い、それができる会社を日本国中探しました。見つかったのが大阪の会社。その会社に協力をいだだき、僕が設計し、ようやくスピードガン表示できるようになりました。

それで測ってみると、ウチの選手のスピードが遅いことに気づきました。130km/h出ればいい方で。しかし、他校の選手は140km/h出ている。なんでこんなに違うのか。

考えてみるとピッチャーにスピードをあまり求めていなかったのです。そこでスピードを意識させるようにしました。すると、どんどんスピードがでるようになっていきました。

「意識」が変わると結果も変わってくるということですね。

はい。スピードという基準がないときは、「100球投げた」とかその量でしかなかったのです。そこにスピードを意識するということを持ち込むと、どうやったらスピードが出るようになるのか考える。当然、トレーニングから変わってくる。

練習が変わっていったら、そこでまた発見があったのです。スピードも大事だが、回転数も大事だということです。そこで、回転数を測れないかと思っていた時に、アメリカで使われている最新のスピードガンが届きました。それは回転数が測れるものでした。まだ日本に一台しかないので、高校野球で使えるか試したいということで。

ただ、それが正確なのかはわからない。そこでまた調べていくと、トラックマン、ラプソード・・・いろんな計測装置があるわけです。そこで、いろんなものを試していこうと思いました。ピッチャーとキャッチャーの間に置いて計測するラプソードには興味があり使ってみたかった。

しかし、装置にはお金がかかる。幸いプロ野球選手になったOBからの寄付もあり、導入することができました。それが2年前です。

するといろんなデータがやってくる。アメリカのダイヤモンドという会社から取り寄せたり、他の装置も導入したり、いろんなデータを取っていきました。ピッチャーだけではなく、バッターのデータも出てくる。あらゆることを、いいと思ったらやってみるのです。

–100回大会がきっかけですが、新しい試みで選手に変化が起きる。さらに新しいことをやってみる。選手の反応はどうしたか。

選手の反応はよかったです。彼らも野球に関するデータのことをYouTubeなどで見て興味を持ち、私の話にもどんどん食いついてくるようになりました。自分の情報が数字でやってくる。自分で自分がわかるようになるのです。

今、生徒は一人一台iPadを持っています。そこにアプリを入れて分析を始めるようになりました。これは勉強になる。野球はもちろんですが、社会勉強になる。自分で情報を取りに行って理解する習慣は大事なのではないかと。

ウチの学校はIT教育がさかんであり、いろいろな試みも進んでいます。数年前、教室に授業を見に行った時です。生徒がホワイトボードに自分のiPadのデータを投影する。そして、先生からデータを生徒に送る。授業もかなり進化していて、こういうことも野球に取り入れるべきだと感じました。もっとできることがあるはずだと思うようになりました。

ラプソードのデータがクラウドに行く。そのデータを分析して、共有するためにプレゼンテーションする。そんなこともできるのではないかと。

勉強ですよね。大学へ行ったり、その先社会人になったりしても必要なスキルです。これはやらせてあげるべきですよね。僕があまりできなかったんで、皆と一緒に学びました。

ラプソードのデータも複雑なように思います。データを分析、理解することも簡単ではないと思うのですが、どうですか。

生徒はどんどん進んでいきます。こちらより理解が早い。エースピッチャーは、一球一球データを見て、自己分析し、考えて、投球を進化させています。

すると、指導する側の話も理解が進みますね。

中日ドラゴンズのピッチャーだった岩瀬さんの息子さんがいました。彼はスライダーが3000回転するのです。普通は2200−2300回転、よくても2500回転。それが3000回転。

すごいですよね。それなのに、彼は打たれるのです。なぜ?

ラプソードで見ると、それがわかってくる。彼の球は、曲がり始める位置がピッチャー側にありすぎる。バッターからすると、ずっと曲がっているので、捉えやすい。理想的なのはもっとバッター側でキュッと曲がるべきです。そこから、そうなるようにやってみようということで練習が変わる。どうなっていればいいかを意識するとできるようになります。

回転数よりも鋭く曲がること、カーブというよりカットボール気味にピッと曲がることが重要だということです。

目的地と現在地がわかると、何をすればいいのかも見えてくる。自分を知ることと目的を知ること、そうすれば過程はいろいろありますが、それは自分で考える。

僕は山登りをします。頂上は同じでもルートはいろいろありますよね。ルートによって装備も違いますし。でも、頂上がわかっている。どんな行き方でも考えて辿り着く。それと同じですね。


野球部員アナリストの存在

データ分析もできて、野球もできる。そんな選手がたくさんいることはわかりましたが、データ分析なら負けないという生徒もいませんか。選手ではなく、データ分析を一生懸命やりたいような生徒です。

います。実は今日、彼らも準備していますよ。プレゼンテーションしてもらいましょう。

ラプソード社と頻繁にコンタクトを取って、データのやりとりもしています。彼らは2年生です。始めて1年あまりです。野球部員のアナリストです。

彼らは子供の頃からずっと野球はやっていましたが、「ここの学校で選手にはなれない」と思っていました。昨年初めてアナリスト募集をしたのですが、「アナリストってなんですか」と聞いてきました。データ分析等アナリストの役割を説明すると、とても興味を持ってくれました。

ピッチャーもバッターも練習だけではなく、試合のデータも取る。いろいろなデータが集まりますが、そのデータを見やすく、選手の理解がすすむように見せてくれています。かなり進んでいると思います。

彼らの日頃の活動は、きっと大学等に行ってもかなり役立つと信じています。

頼もしいですね。ここであえて聞きたいのですが、データばかりで野球が面白くなくなるのではという声もあるように思いますがどうお考えですか。

間違いなく、WBCが実証してくれましたよね。あれはデータの勝利とも言えると思います。

メジャーの選手のデータと日本の選手のデータを比べるとほとんど同じなのです。イチロー選手の頃は、メジャーのデータしかなくて、ただ「すごい、すごい」だったのですが、今は日本の選手のデータも集まっている。だから、日本でプレイしている選手も同等のチカラがあることもわかっていますし、十分戦える根拠になります。選手に自信を与えることはできたはずです。

実績が少ない選手だって、今のチカラをデータで示せば「できる」と思えます。

ヤクルトが強くなったのもそうなのではと思っています。監督がメジャーでデータと付き合いながら活躍していた。その経験を今活用できていますね。今、メジャー経験のある指導者がいるチームはそれが強いですね。

僕らは経験していませんから、もっと勉強しないと。最先端のものを知っていくべきです。プロだけでなく、高校野球だってそうだと思います。

ソフトバンク3軍のグラウンドの現場もお願いして見せていただきました。「育成」という言葉はキーワードだと思いまして。ちょっとでもプロの「育成」に近づきたくて。するとやはり、ありとあらゆるデータを取ることをやっていました。

僕らは研究家ではなく、現場の人間なので、そこで学び、必要なデータとは何かを把握し、現場ですぐ使えるようにする。それは僕の役割です。

溜まったデータをすぐに活用していく感覚がすごいですね。

今、あちこちにカメラをつけています。生徒は「監視カメラ?」と言っていましたが、行動を評価する大事なツールであることを伝えました。室内だけはなく、グラウンドにも設置しているところです。

ブルペンにも設置しました。今、ピッチャーが投げた姿を同時に四方向から撮影して、すぐに見られるようになっています。するとフォームなどもすぐに修正できますよね。


未来を夢見る

現状に対応しているだけでは間に合わない。次のことをいつも考えて切り開いている印象を受けますが、未来をいつも想像しているのですか。

野球ではなく、社会でも「こうなるといいな」ということを考えています。「空飛ぶクルマ」のことを考えています。ぶつからないようにしたり、落ちたりしないようにする技術はもうほとんどできていると思います。安定して飛行するようにできれば、社会がかわりますよね。ウチの屋根がカーポートになる。

野球で言えば、ストライクゾーン判定機が完成してほしいですね。どうなればストライクなのかいうことがはっきりすれば、もっと合理的になるはずです。

試合では、審判も一人の人間として大事な役割を担っています。しかし、練習でははっきりストライクを示すことはとても難しいし、そこをはっきり指導したいです。ストライクゾーンを知ることが野球にとって何よりも大事ですから。

今日はとてもワクワクしてお話を聞くことができました。やれない理由を話す人が多い時代に、未来をしっかりみて、やるべきことを見つけ、どんどんやっていく。この姿勢ですね。

僕はもう定年に近い。監督をあと何年できるのか。
最近よく思うのが、「過去を語る老人になるな、未来を夢見る老人になれ」ということです。

分析して、どう投げるかの動画共有。
「狙う、投げる」を身につけるために過去は何度も繰り返してカラダで覚えていたが、今はその動画とデータで何を見るべきかを自分の投げ方を何度もチェックすれば高い効果が得られることがわかった。かつては100球投げて覚えるようなことが今は30球で身に付くようになった。カラダだけで覚えるのではなく、頭にもインプットする。カラダへの負担が減っている。

スイングを分析すると、軌道が違うことがわかる。3Dで解析すると、スピード、角度がわかる。自分のスイングが決まってくると対応力も上がる。

ボールが上がる角度を把握していると、どう打つべきかがはっきりしてくる。かつての勘が数値化されている。数字で指導すれば、選手の理解も早いし、身に付いていきやすい。

グラウンドにも様々なデジタル機器。
あらゆるデータを集める。


野球の歴史も知る。
野球とは何なのか。
野球を楽しんで、一人一人が明るい未来へ。

倉野監督インタビュー後、野球部アナリストの二人からプレゼンテーション。
Three Peat Win(三連覇)


データ取集方法、分析、ツールの活用方法、選手や監督、コーチへのフィードバック等多岐に渡るアナリストの活動を説明。
現状と未来展望、デジタル活用した完成度の高いプレゼンテーション。
プレゼンテーション自体も彼らの重要な役割である。
将来は、データを扱うしごとをしてみたいという二人。

毎日が楽しいと語る。
その夢に向かって、日々の活動も目的地と現在地をつなぐ重要な行動である。

 

編集後記

ただ勝つためだけの高校野球なら、猛練習で強くすることだけを意識していればいいのかもしれない。しかし、彼らは全員将来がある高校生である。野球を通じて人生を設計する重要な時期でもある。

ならば、彼らの人生において、貴重な体験をできるだけ多くつくること。それが指導者なのだろう。

野球の経験に加え、考えて行動する。目的意識を持ち、今何をすべきかを考える習慣。監督は一人ひとりの人生においても立派な指導者であった。

数多くの名選手も輩出し、野球だけでなく、立派な社会人も生み出した。

デジタル化ではなく、デジタルトランスフォーメーション。スポーツのイノベーションであり、育成、教育のイノベーションの推進である。

デジタルも人生勉強。

まずやってみること。そして思考する。この能動的行動習慣は、彼らの人生に貴重な財産を与えているはずである。

デジタルわかる化研究所
西村康朗

野球用のデータトラッキング機器を作るラプソードのインタビュー記事はコチラから。

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