デジタルで進化する農業・後編

2023.10.03 インタビュー

農家のデジタルトランスフォーメーションの遅れが指摘される中、IT企業の代表をやりながら農家を兼任している落合さんに話を伺った。(デジタルで進化する農業・前編)はこちら

 

-デジタル化が進むのは良い事ですね。落合さんのような人がいない農家にそのソフトをうっていったりしないのですか?

さきほど話した「売り込みがたくさんある」というのは、たいていこの手の話です。生産管理、受発注の取りまとめをやるとか、インボイスとか会計ソフトも連携してこうですよとか。法人向けに色々なソリューションをやっていた会社が、第一次産業向けに自分達の製品をうまく活用できないかということはどこの会社も考えている事です。しかし、何社か話を聞きましたが、ピントがずれているんです。例えば労務管理側のソフトを農家の現場に入れるというのは乖離が大きすぎて話にならない。工場用のものを横展開するチューニングがうまくいってないですね。要は農家のためにつくっていないので。

 

-従来のものを農家に転用できないかくらいのレベルでしか考えていない。それで、自分でつくるしかないと。ITに長けている人はあまり、売り込みがあったものをそのまま使うと便利に感じられず、「もういいかな」となってしまう。意外とその「もういいかな」の人が多いからDXが進んでいかないのでは?

そうだと思います。現場とソリューションの間に乖離があります。既にあるものの中にいれようとしてもなかなかうまくいかなくて、ちゃんとしたSEがついてやらなければいけない。このツールをどうやって使ったら自分の業務が改善するのが見えていなければ、導入の判断ができない。これを出来る人が現状ではあまりいないと思いますし、そこには「翻訳」が必要なので、農家の人たちからすると外国人と喋っているような感じだと思います。

 

-ありもののソフトって、そもそも座ってお仕事される人用につくられていますよね。

常時画面を見ていなければならないようなものを農家に持っていったって、無理です。どれだけ自動的にやってくれるかとか、作業の合間に画面をちょっと見たら何かがわかるとか、コンタクトポイントがものすごく少ない中で使えるようなものでないと。ウチの親戚もネット販売をしていて、そこは若くてネットに明るい人を専属で雇って、その方がデスクワークしています。「ネット販売をやるよ」っていったら、専任の人が一人いるとみんな思われます。僕は東京の会社にいてそこの部分をやっているので、専任のような状態ですが、普通の農家だとそこの専任は置けません。ネット販売やるのには三つほど問題があると思っています。

一つ目は作り手と買い手のギャップです。農家は少品種大量ロットが得意で、商品数が少なくて、一個を大量に作るみたいな専業農家です。それは買い手からすると違います。「じゃがいも20キロ」は要らないです。スーパーでカゴに入れるような感覚で欲しいと思うのですが、小ロットで梱包して発送するようなものをそもそも作っていません。発送も何百グラム単位でとかいうこと、生産と出荷というところがそもそもやれていません。

また、ネットで入った注文を荷造り伝票つくって梱包指示出して、貼って、出荷したらお客様に連絡するという流れがまだ苦手です。食べチョクさんとかも便利なようになっていますし、出荷伝票もヤマトさんと提携しているので、自動的にヤマトさんから来ますし、貼って出せばいいという感じになっています。しかし、完了連絡はしなきゃいけないし、お客様からの問い合わせに対応しなければいけない。そういう作業のスキルが身についていない。

そして、直接お客さまに売るという経験がほとんどの農家さんにない。それで、クレームが来るとすぐ嫌になっちゃうんです。電話かかってきて、「届いたの、割れてんじゃないか」と言われたら、もう嫌になっちゃうわけです。「だから、こういうの面倒くさいんだよ」と。僕からしたら、そんなの当たり前だよって思いますが。申し訳ありませんと謝って、お代は要りませんとすぐに新しいものを送るような対応がチャンスにもなりますよね。

BtoCの仕事になれていない、要はお客さまと直接向き合う感覚をお持ちの農家は少ないのかもしれません。客商売に慣れていないから。生産の現場でネットに対応していないところが多いということ、それをやるためのスキルが足りていないということ、それをやっていく気持ちが備わっていない。この三つがあるから、ネット販売やったけどうまくいかないのが大半です。

 

-デジタルでできることはたくさんあるけどうまくいかないようなものが存在していて、それを乗り越えようという気が足りない感じですか。

新就労の若い人や僕のように帰ってきた人なんかは、割とすんなりどこも始めています。大半の農家は高齢化していて、跡継ぎがいない。そういう人たちにとっては乗り越えるための何か手助けが必要な時ですね。

 

-跡継ぎがいないような年輩の方たちは、なかなかパソコンに触らないですよね。他人事で。そこで、パソコンやってみようよとかいう声はないですか?

売り込みの人は、簡単に出来ます、スマホで出来ますとか言いますよ。でもさっきの3つの話って、スマホがあればいいって話ではないです。自発的な生産者組合というのがあって、補助金が出たりしています。組合がしている役割というのはみんなが少しずつお金を出し合って集荷場をつくるとか選果場をつくるとか、すごくうまくいっているところだと自分達でブランディングを推進しています。ひとつの農家でできないことを集まって専任の人雇ってやろうぜっていうのがいわゆる生産組合です。僕が八街に帰って思ったのは、組合が機能していないからです。

地方で成功したところというのは機能していないともうダメだという危機感からなのです。そもそも僻地だったり、段々畑だったり、生産の現場が弱いところです。一軒の農家で収量が多くないところは、大きな事ができないわけです。例えば、機械を買うとか。それがみんなで集まってやるしかないとできたところです。千葉の農家は大量消費地が近いから、輸送のコストも他に比べたらかからないし、土地が平坦だから大規模農家も多い。力を合わせなくても、このままでもいいかと。だから、遅れてしまっている。

 

-一時期農業ブームで都会からきて週末農家のようなことをやっていたけど、やってみたら大変でそのまま放置されているところがたくさんありますよね。農家を甘く見ていたのでしょうが、そこにデジタルが入っていたら救えたことはたくさんあるのではないかと思いますが。

 

去年実験でやったのは、とうもろこし農地のオーナー制度です。植えるところから収穫まで、ある一画をオーナーさんに買ってもらって。テストとして、私の個人的な近しい方々にお声がけして小規模に行ったのですが、これはすごくうまくいったので、今年はアレンジして去年とは違うアプローチでやってみようと思っています。

もうひとつは、カメラです。ライブカメラを畑に置く。カメラの画面を通じて作物の様子をみながら、自分で溶液追加などの簡単な栽培管理作業を遠隔で行えるとか。それで最終的に出来上がった品が届く。やりすぎると困りますし、そのままうまくいくかはわかりませんけど。

昨年実施したトウモロコシのでは、自分でやるべき大きな作業を4回つくりました。

1)種まきをして保温用のトンネルをかぶせる

2)交配が終わった雄花を、虫が付く前に刈り取る

3)ヤングコーンを収穫する

4)出来上がったトウモロコシを収穫する

この4つの作業で来てもらうと。3月に植えてから7月の収穫まで4回来てもらうようにやりました。この過程を撮影したものをオーナーさんに送っていました。もう少し密度を濃くしてやっていくともっと面白いと思うし、自分と近い感じが出せるかなと。調べたら東京23区で、区民に契約農園を貸していない区がないくらい当たり前のことなんですね。コロナが来て自分で美味しいものをとると同じように、作るというのがブーム。やってみたら面白いとハマってる人もいて。ベランダでやっている人もいるし、農地を借りる人もいる。今だと二重生活をはじめていたり、リモートワークで地方に移転していたりする人もいます。一般の人でも自分の畑と自分をつなぐものとか、あるいは生産者とお客さまをつなぐものとしてITの可能性はもっとありますよね。僕はまだまだやれてないところだと思います。

顧客体験とよく言いますけど、ネットで行くバーチャル旅行なんてありましたが、あれはどうですかね。行った方が面白いけど、行かなくてもいいんだっけとかありますよね。だから農地も自分が植えたものが育ったのが見える感じがいいなとか。去年のオーナーさんは、子どもが小さいことが多いです。幼稚園、小学校くらい。子どもにとっていい経験だったという意見がすごく多かったです。途中経過がお子さんにとっては見て楽しいとか、行ってみたいとか。虫が好きなお子さんとか。畑に行って走り回るって都会にいてはなかな経験できないことですよね。

 

 

-何か止まっているところはあるけど、原因はわかってきている。越えにくいことはある。翻訳、ことば。言語が違うから何を言っているのかわからないと農家の人たちは付いてこないだろうし、売り込みは頑張っているけど気合いでしかなくて、わかりやすい言葉とか、現場を知っている感じの言語差をうめないといけない。言語的な翻訳がいるということ。

もうひとつは、そこにふさわしい翻訳のソフトも要りますよね。現場から乖離しているから。トランスレーションをどうにかしないと進んでいかないという感じですね。今後、どう取り組んでいきますか?

生産者を盛り上げていかないと、プラットフォームも盛り上がらないですね。積極的に参加している生産者の方々も増えてきています。60くらいまでの人なら対応できるはずです。パソコンも使える人多いので。完全に置いていかれているのはウチの父親世代、70オーバーの人。

 

―完全にそこ格差ができていますね。国は「誰一人取り残さない」と言っていますが、現実はどうですかね。もう見捨てているのでは、と感じることはあります

そんな気がしますね。学校の先生もコロナで相当リモートとかで苦労しましたよね。しょうがないから無理やりやったわけでしょう。無理やりじゃないと進めないことはありますよ。

 

-人がいない、跡継ぎがいないということは、機械にやらせていかないと消滅するということですよね。そこは日々進化していますよね。

ヤマトの仕組みって、すごく便利で。お客さんは何日に欲しいって連絡してきます。ヤマトの仕組みを通すと何日にどこで、だからいつ出荷しないといけないって勝手にやってくれます。

 

-そこを計算しなくていいんですね。

そう。ヤマトの仕組みとして提供していますから。こういう便利なことは、いっぱいあるんです。僕らはいつ出せばいいということを管理しておけばいいし。各所に便利なことはありますが、今はバラバラなんです。こっちのツールで何かやって、あっちで何かやってというのは普通に会社で働いている人にとっては日常的なことだから何の問題もないけど、農家のおじさんたちにとってはどうにもならないんです。

 

-聞いていると悲観することはなくデジタル化は進むわけで、何らかのキャズムを越えたらスピードもあがりますね。

いま現役でやっている人、40~50代が、デジタルは普通に使えています。僕がIT経験が長いことで実現出来ているのは、それぞれ別々に提供されているツールを連携させて、自動化してしまうような機能を、自分で作れてしまうということだと思います。

 

-なかなかそういう人はいないですよね。

いろんなソリューションを提供する会社は本来そういうものをつくったほうがいいのに、自分の得意の分野を持ってくるから結局バラバラにあるものがもう一個追加されるだけで、全体を管理するものになっていないのです。しかし、それを真剣に解決しようとしている人は少ないです。

 

-他の業種でも聞く話です。ソリューションを売る人が、説明が下手で、わかってもらえないだけなのに、わからせるようにしようとしないのです。「売れなかったのは、あの人たち頭が悪いから」と報告しているだけだと思います。

農家に来る時は、「農業を盛り上げる」とか言っている人が多いです。しかし、本当に盛り上げるんだったらもうちょっと困っていることを改善するように考えたらいいと思います。「盛り上げる」って、口だけですよね。結局自分とこの商品が売れたら、それで盛り上がった気になっているんじゃないのかな。

 

-本当に盛り上げることって、やはり現場からの情報発信力ですよね。SNSを活用されている農家の話がありましたが、今後それをやっていく上での目論見、何が最大のゴールですか。

簡単に言うと、関わってくれる人を増やさないといけないことです。周辺人口というらしいです。どこの地方でも、そこに住んでくれる人、仕事をしてくれる人を増やしたいわけです。一足飛びに移住なんて無理ですよね。関係人口、周辺人口という人たちを増やしたいです。旅行で言うと、昔は「行って飯食って土産買って帰る」でした。旅行の目的を拡大してみる。

例えば、「木を植えるために来てもらう」っていうのが旅行の目的になっている話。ハワイはずいぶん前から珊瑚をきれいにするというのをやっています。責任ある旅行みたいなことが増えると面白くなりますね。日本の自治体もそういうのが必要になっていると思います。コロナでインバウンドがストップした時に、ただ「来て金落として帰ってもらうだけじゃしょうがないよね、地元に産業を生まなきゃ」って気づきましたよね。

ふるさと納税はやったけれど、もう一歩すすんで関わった人たちを増やして結果その人たちがファンになって住んでくれるようなこと。まずは関わってくれる人を増やしていこうと。農家もそれと同じです。一気にはいかないから。

うちの農園の一画で週末だけ来てるうちに滞在しながらやっていく、その期間がだんだん延びていってというようなことがやれればいいなと考えています。そういうのをやるときにお客さんとつながっていられる武器というのがSNSなんでしょうね。季節のこと、作物の病気が出たらそれについて声が寄せられたりとか、積極的にやっている人もいます。地域差もあるから農家自身が勉強して仲間が増えていくのはいいことだと思います。クローズな中で農家をやっているので、ひらいたマインドとか情報収集のツールとして使っていくのは農家をやっていく上でも、自分の成長のためにも必要なことだろうと思います。どうしてもセールスばっかりだと良くないですよね。プレゼントとかやると懸賞人口には響くけど、それ以外には響かない。ネットやって思ったのは、いきなり日本中の人が見て買うってことはないってことです。これがおいしいってこととかこれがいつの時期のものなのかは、自分が関わらないと知ることがないです。

今はテレビでグルメ番組とかあるから、昔よりは伝わりやすい。でもどうしてもこれが食べたいというようなことは、昔行って食べたとかいうことがないとなかなかっていうことが事実だと思います。

ネットを使うことは販路の拡大よりは機会です。どこからでも注文できる、家に届く、利便性が高まっているということでネットなのでしょう。自分の地元を知ってもらうことは響くところがあるだろうと思います。落花生を積んで乾かすことをうちの地元では「ぼっち」と言います。一般的には野積みというらしいんですけど。「ぼっちができる時期になりました」と言うと、千葉県に住んでいた人は懐かしいな、あれ登ったな、もう冬なんだなと。そういうのを離れたところの人に知ってもらう機会にはなると思います。方言でやっているTwitterを見ると懐かしく思うんだろうなと。ほっこりとした懐かしい感じがあるんでしょうね。匿名性とは乖離したところにありますね。どこでやっているか明らかだから伝わること。地元のスーパーとか学校の先生がフォローしてくれているんですよ。そうやって周辺人口を広げていく活動を進めたいです。

 

(後半考察)

デジタルでつなぐ、変える、進める。農業は必ず変えられる。こらからの世代をリードすることで推進する。ありたい姿がみえていたら、本当にやりたいことになっていく。デジタルは、それを進めてくれる。特別なことではない。思いを紡ぐ。そこには、大きな動かすチカラがあるのだから。

 

取材・撮影

株式会社分室西村 西村康朗

デジタルわかる化研究所 柴圭佑

取材実施日2023年2月17日

 

 

 

 

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