デジタルで進化する農業・前編

2023.09.12 インタビュー

農家のデジタルトランスフォーメーションの遅れが指摘される中、面白い兼業農家がいる。

 

薫白竜株式会社代表取締役社長

株式会社グリーンファーム落合代表取締役社長

落合伸行さん

 

IT企業の代表をやりながら、農家もやる。農家のDXも推進できるのか。そこにある壁は何なのか。

 

 

-落合家は、歴史があるのですね。

農家は僕で4代目です。実家が農家です。千葉県の八街市にあって、もう百年以上になります。

 

-4代目って、継がなきゃいけない運命ですね。

そうですね、長男ですから。お墓があるし。ただ両親もまだ現役です。毎日働いていますよ。もう70過ぎていますから、そんなに無理はしなくなっていますが、体が動くうちは引退せずやりたいと思っているはずです。

 

―「今日からあなたは4代目」というような儀式的なものはあったのですか?

一昨年に法人をつくりました。「株式会社グリーンファーム落合」をつくりました。そこの代表に就任して、父親は行政に廃業届をだして、土地は個人の保有になっているので、法人としては父親から農地を借りるかたちでやっています。僕が就任したところから4代目ということでやっています。

 

-一方で落合さんはどちらかといえば、ITの人ですよね。

はい。東京の会社で言うと、元々サイバードに2002年に入社して、そこから20年経った感じです。今はサイバードの子会社である「薫白竜(こうはくりゅう)株式会社」という占いコンテンツ会社運営をやっています。6年前に設立して、代表を務めさせていただいています。細木数子さんがつくった六星占術という占いを携帯サイトで提供するというサービスをメインでやっています。

 

-千葉の農業と東京のIT。普通二つの仕事があると、接点があるものですが、この二つはほとんどないのではないかと思います。こっちのビジネスをいかして、農業をデジタル化するとかいうのが普通だと思いますが、それはやっていないのですよね。

そうです。意外と難しく。

 

-DXの波は農業の現場にも来ていると思いますが、あまり変わったなという話を目にしないです。実際にはこんなに進んでいるというような話はありますか?

はじめはSNSですね。法人代表になってからは、個人のTwitterとFacebookとかは農業寄りにしています。僕自身は農業をIT化していくのは必須だと思っているし、今後取り組んでいかなければいけないと思っています。若い農家さんはSNSを使われている方が非常に多いですし、販売のルートとして活用している方が多いというのも聞いています。実際僕の周りにも見かけます。TwitterとFacebookを農業寄りにしてから、問い合わせも増えました。色々と情報交換させてもらうことも増えましたね。SNS発信を始めてみて驚いたのは、割とIT関連企業の方からの売り込みが多いということです。

 

-ウチと一緒にデジタル化を進めませんか、というような?

水耕栽培を始める前、実家は農協に出荷する農家でした。30年以上前に父が水耕栽培を始めて、農協以外を売り先にしていきました。積水化学さんからお声がけがあり、千葉県下でウチを含めた5軒の農家で水耕栽培を始めたのです。積水さんは溶液とか肥料とかを販売しておられて、水耕の設備も積極的にご支援いただいていて、「グリーンファーム」という会社をつくり、販路獲得の会社として動いていました。積水化学から設備の支援をしてもらって、グリーンファームが営業を担当して、ウチを含めて5軒の農家で水耕のプラントをはじめたのが「グリーンファーム」のスタートです。僕は落合という個人名ではなく、「グリーンファームおちあい」と名乗っていました。ここの売り先はJAではなかったのです。自分達で販路を開拓していったので、最初はダイエーなど大手のスーパー、加工会社さん、村上農園さんの契約農家などが売り先でした。

 

-なぜJA以外も売り先にしたのですか?

直接売った方が、値段がいいし、自分たちでこだわって作ったものなので。農協さんは、あまり良くないものでも買ってくれるところがいいところです。そのかわり独自の規格があって、この規格はいくらとかなるのですが。そうではなく、自分達で販路を獲得して値づけをして売ってみたかったのです。水耕ならではの、サラダホウレンソウという「熱を通さず食べられるほうれん草」をつくりはじめました。商品紹介をしながら売っていくので、農協さんよりは自分達で販路を獲得していこうと。普通のお客さんが受けとる人参とか、大根とかではなかったですし、自分達でブランディングできると思ったのです。当時、父がJAの役員をしていたので、顔も効くわけです。反目することなく、農業組合から離脱することなく、両方やっていたのが最初です。

 

-ITが必須という根拠はなんですか。

今、お話しした経緯で水耕をはじめて、仲卸さんに出荷しているルートが多かったのですが、契約がいくつかなくなりました。コロナの影響です。その売先に飲食店が多かったためです。お店が閉まり、仲卸さんごとなくなりました。一つの仲卸さんだけで数百万という売り上げになるので、それがなくなると大変です。その時にネット販売をはじめたのが、家の仕事に本格的に関わりはじめた最初です。それまでは農家の倅ではありましたが、特別関わることはあまりなくて。

 

-それでは栽培からではなく、販売からだった?

はい。当時、BtoB、 BtoCと両方ネットをつかったマーケットがあって、僕もITの仕事を長くやっていましたから、自分達でホームページをつくって売るということが当然できるわけです。しかし、自分でサイトを作ると集客しなきゃいけない。それはお金がかかると思ったので、手数料を払ってでもお客さんがついているプラットフォームで売った方がいいだろうと。農作物を売るプラットフォームを探して7箇所くらい出店したんです。BtoBは加工会社や飲食店向けで、仲卸さんがつぶれたようにこのサイトはなくなりました。

始める前は、ネットでは売れないんじゃないかと思っていました。ネットで調べて買うというのはスーパーにないもの、例えば宮崎のマンゴーとかだけではないかと。しかし、そういうものが思うように売れなかったのです。同じ商品、同じ説明文、同じ値段で。はじめにお客さんがついたのは、食べチョクさんでした。僕が始めた頃は、コロナの影響で「外食ができないので、家でお取り寄せでいいものを食べよう」という声も多く、食べチョクさんにとてもプラスになられたようです。自分がはじめたのもそのタイミングだったので、割とすぐお客さんがつきました。

ポケットマルシェさんもやっています。ポケットマルシェさんは農業法人として認可がないとできません。ウチだと八街市ですが、そこの農業課、農政課に申請を出して向こう5年なり10年なりの農業改善計画を出し、きちんと生産者として土地を所有しているのかという認定いただくものです。父は、農家として個人で持っていましたが、法人として持ってなかったので、法人の取得をしました。認定の業者をとるのは、「法人が農地を所有していい」っていう許可なのです。農地の売り買いって結構難しくて、農業政策に関わることです。いわゆる商業地と不動産の扱いも違う、固定資産税とかも当然違うのでね。法人が簡単に取得して商業地にしたり、売り買いしたりできないために、主たる経営母体が農家の専業者であるのか、役員に誰が入っているのかというのが審査の基準ですけが、それを取ってということです。

ネット販売をはじめてすぐお客さんがついて、今は全体の売上の1/4から1/3くらいがネットです。ここ3、4年でここまで来ています。これがなければ無くなった仲卸さんの分は取り戻せていないだろうし、経営的にも厳しかったと思います。全部ネットで売るというところまでいかないかもしれませんが、バランスを取りながら直接のお客さんもつかんでいくというのが必要なことだと思います。これからはネットをうまく使っていくことが絶対に必要だと。

もうひとつ、現場の生産管理の面で言うと、ウチもそうですが、父親のこれまでの経験と勘で回っています。父親も80近くになっていますし、母も70代半ばです。今ベトナムの子たちが3人働いてくれていて、そのほかにパートさんが8人でやっています。その人たちは、父親からの指示で動いていました。どれだけ注文が入っていて、いつ出さなきゃいけないのか、水耕栽培で言うと溶液をどのくらいの量入れたらいいのかとか、温度が高くなって成長が良くないからどうしたらいいのかリカバリーも父の勘でやっていて、母もわかっていません。

 

 

-経験と勘。その伝承は難しいですね。

そうです。このままもし父が直接仕事に関われなくなったら、全然生産が成り立たなくなるわけです。ここでどのくらいの溶液を入れて、水温がどうなるとか、チッ素リン酸カリウムの比率がどうであるとか、外気温や水温などいっさいノウハウが記録・可視化されてないんです。

 

-お父様の頭の中を「見える化」する必要がありますね。

そうです。親戚も同じように水耕栽培をしていますが、彼らはせっせとノートに書いています。IT使ったらもっと上手に管理ができるし、起こったことに対して良いところ悪いところ、親父の経験が可視化されて残るということをやっておかないとなかなか次に続かない。

今、ウチはタブレットを壁に貼っていて、いつ、何を、どれくらい出荷するというのが出てくるようにはしました。ネットで入った注文がタブレットに反映するように自作のプログラムをつくっています。仲卸さんにもFAXでなくexcelに入力してメールすると、それがそのまま自動的にそこにいくというものを自作で作っています。朝パートさんが来て、明日これだけ出荷があるから今日はこれを準備しようという事が出来る。指示がなくても、それを見れば分かる。出荷したら出荷したよと押せばいいというところまで出来上がっているので。そうなると従業員も自発的に動くようになるし、栽培の量に対して注文の量が多い少ないを仲卸さんに言えるようになる。ただ流石に交渉となるとベトナム人メインでやっていて難しいので、それは僕がやります。現場で作業をしている人たちが自発的に動けるようになるっていうことでも、ITをつかって「見える化」していくことが大事だと思っています。

 

-売るための手段としてのITと、サプライチェーンとしてのIT、大きくはその二つですかね?

資材の注文とかも自動化できると思います。

 

-それをつくろうとしているのですね?

はい。注文して段ボールがいくつ入ってくるとか分かるといいですよね。そして、出荷数が分かっているなら、いつ頃なくなるというのも分かるわけです。そうすると事前に検知できるし、それを自動的に注文するというのも出来るだろうと思います。自動的に人がやっているように操作して注文する、しかも過去の履歴があれば追加で何個とか、受け側のしくみとしては整っているので、そこをつないで自動化するのは難しくないかと。

 

(前編考察)

伝承されるべきことと変えていくべきこと。やはり、デジタルで変えていくことが、農家を続けていくためのキーになる。誰がやるのか。自分起点で動く人は少ない。「こういうものだ」ではなく、「こうなったらいいのに」で考える。人間は変わらなければいけないことはわかっていても、変化に恐怖を感じるのも人間。

 

デジタルで進化する農業・後編 もお楽しみください

 

取材・撮影

株式会社分室西村 西村康朗

デジタルわかる化研究所 柴圭佑

取材実施日2023年2月17日

 

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