浜松市の挑戦に見る、デジタルを起点としたこれからの都市経営とは 前編

2022.11.16 インタビュー

 

前編 デジタル・スマートシティにむけての志し 

この取材は2021年4月に行われました。取材対応者の所属は、取材当時のものです。
現状はさらに進化していますが、当時の志しをお届けします。

 自動車やオートバイ、楽器、光技術など、モノづくりの街として名高い静岡県浜松市。天竜川、浜名湖、広大な森林、風光明媚なこの街が今、未来へ向けた新たな一歩を踏み出そうとしています。
 デジタルの力を最大限に活用した持続可能な都市づくりの推進をテーマに、令和元年10月、「デジタルファースト宣言」が掲げられました。コロナ禍でデジタルの活用が広がりをみせる一方、デジタルによる情報格差も浮き彫りになる今、「デジタル・スマートシティ推進事業本部」の瀧本さん、星野さん、市橋さんの3名に、浜松市のデジタル・スマートシティへの取り組みの現場について伺いました。

聞き手・撮影 
デジタルわかる化研究所 岸本暢之、渡辺澪
株式会社分室西村代表 西村康朗
インタビュー実施日:2021年4月22日

 

デジタル・スマートシティで目指す「市民QoL※の向上」と「都市の最適化」

※QoLとは・・・「Quality of Life」の略。人々の幸福感など、 社会のゆたかさや生活の質のこと。

―― はじめに、浜松市がデジタルファースト宣言を掲げた背景を教えてください。

(瀧本さん)浜松市は、全国で2番目に広い市域を持つ、国土縮図型の政令指定都市です。言わば、全国の市区町村が抱える課題をギュッと凝縮したような街。「健幸」寿命が三期連続で日本一、幸福度ランキングも全国トップレベルですが、一方で地域の約50%は過疎地域。首都圏や大都市にも近くない、県庁所在地でもない浜松が、持続可能な都市経営をするにはどうしたらいいか。社会の変革の中でどうしても構造的に残っていた、人口減少・少子高齢化、インフラの老朽化などの課題に対応するには、やはり徹底的なデジタル活用なのではないか。デジタルを活用した持続可能な都市モデルができれば、これは日本全体のモデルにもなる。そう考え、デジタルファースト宣言を掲げました。

(浜松市デジタル・スマートシティ構想【解説版】)digital_kaisetsu.pdf 

―― デジタルファースト宣言に基づき、都市づくりをデジタルファーストで進める政策の指針として「デジタル・スマートシティ構想」を策定されました。この構想のポイントについてお聞かせください。

(瀧本さん)深刻化する社会課題に対して、デジタルファーストで課題解決に取り組むと言っても、行政だけでは限界があり、民間の協力が不可欠だと考えています。そこで令和2年4月に「官民連携プラットフォーム」を設立し、民間の組織と連携を取りながら進めています。進めて行く上で、3つの視点を心がけています。
 1つ目は、オープンイノベーション。組織や分野等を超えた共創のまちづくりの推進です。
 2つ目は、市民起点、サービスデザイン思考。デジタルはQoL向上と都市の最適化のための手段と捉え、市民起点のまちづくりを推進しています。
 3つ目は、アジャイル型まちづくり。トライ&エラーを繰り返し、変化に強いまちづくりを推進します。これらの取り組みを官民で共創し、デジタルで繋がる未来を形成したいと考えています。

(浜松市デジタル・スマートシティ構想【解説版】より抜粋)

―― 本政策の推進と合わせて、スタートアップ支援にも力を入れていると伺いましたが。

(瀧本さん)浜松市には、やはりベースとしてものづくりの街という強みがあります。この強みは、デジタル・スマートシティが目指すエコシステム(好循環)にも繋がる。起業しやすい環境づくりやベンチャー企業の成長支援を行うことで、官民共創によるまちづくりを進め、地域課題の解決と、イノベーションや新たなビジネスを創出する好循環をつくっていきたいと考えています。こういった産業政策とデジタル・スマートシティ推進は両輪で連携を取りながら進めています。

 

デジタルファーストを進める上で忘れてはならない、「市民ファースト」の視点。

―― デジタルファースト宣言に込められた3つの戦略には、デジタル・スマートシティ政策の「都市の最適化」に加え、「市民サービスの向上」、「自治体の生産性向上」といった、行政側の変革も挙げられています。それらを進めていく上で見えてきた課題は?

(瀧本さん)やはり、推進する人材とスピード感ですね。我々市職員がいくら頑張っても限界があります。しっかり方向性を定めて、スピード感を持って推進できる人物が急務でした。そこで、外部の人材を最大限活用しています。ただアドバイザー的に助言いただくのではなく、我々の事業本部で一体的なチームとして、半官半民でやっています。庁内市役所の中でも、各部署との連携を調整し、スピード感を持って意思決定ができる体制を構築しました。

(星野さん)もう一つ、言葉の問題がありました。やはり市民のみなさんにわかってもらうには、使っている言葉・デジタル用語がわかりにくい・・・、というところでしょうか。盲点ですよね。政策を推進する上での基盤や基本的な部分は押さえているつもりだったのですが、根本のコミュニケーションの部分で配慮が足りなかった。今後はどうやったら伝わるものになるのか、をしっかりと考慮し、市民のみなさんのためになるものを届けていきたいと考えております。

(瀧本さん)デジタル活用の施策を推進していく一方で、不安に思っている人たちもいるんですよね。例えば個人情報の扱いだったり、セキュリティ面だったり。デジタル活用を本当にまちづくりとしてやっていくには、その方たちが安心して「こういうことなんだ」っていうことが共有できないとつくったサービスも利用されるものになりません。信頼関係をいかにして構築するか。そこについては初期段階から丁寧にやってきたいと考えている部分です。まだまだ手探りではあるのですが。

―― 市民のみなさんに伝わるものにするために、どんな取り組みをされていますか。

(市橋さん)今年の5月から出前講座というものを始めます。我々の取り組みを各地域に出向いて、一人ひとりにわかりやすく説明していくものです。企業さんや学生さんからのオファーもございますし、もちろん高齢者さんからのご依頼もございます。気をつけていても難しい言葉を使ってしまうこともあるので、どんなことを疑問に感じるのか、不安に思っているのかなどを直接伺えるいい機会だと考えています。

(星野さん)また、昨年、第47回市民アンケートを実施したところ、60代で30%、70代以上で60%がまだまだインターネット未利用であることがわかりました。そこで今年の5月からスマホ講座を実施しています。主に高齢者を対象として、スマホの使い方などをお伝えしていく機会を作っていきます。

(市橋さん)スマートフォン、パソコン・インターネット、デジタルツール・アプリケーション、という3つのカテゴリーに分け、それぞれレベル1・2に分類した6パターンで考えております。例えばスマホでいうと、そもそもスマホを持っていない方、持っていても使い方がわからない方向けにレベル1、レベル2ではもう少し便利に使いたいという方向けに考えております。ドコモ、ソフトバンク、KDDIの3社にお願いをして、レベル1のトライアルを、5月、6月、7月にそれぞれ実施していきます。

(瀧本さん)この前、新聞の読者投稿のご意見の中で、ある年配の女性がお孫さんからスマホの使い方を教えてもらったという投稿があったんです。デジタルを活用して、お孫さんとコミュニケーションをとれることができて嬉しかったと。我々がいくらデジタルを使うと便利になると説明するよりも、そういった嬉しい成功体験が最も響くんだろうなと感じました。だからこそ、そういったアプローチの方法を、みんなで知恵を出し合って考えていきたいと思っています。

 

地域医療におけるDX 「医療MaaSプロジェクト」

―― デジタル・スマートシティ実現へ向け、地域医療の分野でも、デジタルの活用を取り入れる実証実験を開始したと伺いました。

(市橋さん)昨年度、浜松市の中山間地域で、「医療MaaS※プロジェクト」の実証実験を行いました。公共交通の衰退で通院困難な住民が増えていること、また医師不足などで中山間地域では医療サービス継続も今後厳しくなる。ここにデジタルが活用できれば、様々なソリューションが行えるのではないかと考えました。

※MaaSとは・・・「Mobility as a Service」の略。複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービス。
 観光や医療等の目的地における交通以外のサービス等との連携により、移動の利便性向上や地域の課題解決にも資する重要な手段となる。

(瀧本さん)一般的に遠隔医療っていうと、ご自身のスマホやタブレットで気軽に医療にかかれる、みたいなイメージがあるんですけども、それだけでは、高齢者にはなかなか難しいのではないかと。そこで我々は、移動診療車に看護師が乗って患者宅まで出向き、情報通信技術(ICT)機器を活用して診療所医師が遠隔診療するという方法を採りました。表立ってデジタルを使うのではなく、裏側で技術を駆使することで、高齢者自身がデジタル技術を使えなくても、補完ができると考えたんです。
 実際に実験を行ってみると、いろいろな発見がありました。例えば、医師側では、対面で診察する際、診察室に入ってきてからの動きとか、患者さん全体を見て診察しているそうなんですね。そういった情報というのは、オンラインで画面越しだと不足してしまいます。特に高齢者医療ではそこが重要になってくるので、看護師の方が事前に確認しておくとか、デジタルを使っていく中での慣れの部分、工夫の部分が必要だということがわかりました。

(市橋さん)遠隔診療を初めて体験する方の中には、緊張のため血圧が上がってしまう方もいらっしゃったり、でも2回目以降慣れてくると正常な値に戻る、という例もあったり。治験を積み重ねていく中で、浜松市に合った遠隔医療のあり方を見つけて行きたいと考えています。

(瀧本さん)いま浜松市が注力しているのは、医療の手前にあるウェルネスの部分です。医療分野にはどうしてもドクターとの調整が必要で、少し時間がかかるところでもあります。だからこそ病気になる手前、ウェルネス分野でのデジタル活用に力に入れています。健康情報を活用した生活習慣病等の予防・改善や介護ロボットの活用、AI等を使った検診など、自治体として「健幸寿命」延伸に繋がる政策立案などを進めていきます。

―― 確かに、デジタルを意識させないサービスは必要になる気がしますね。自分の生活が気づかないうちにデジタルに触れ合っているような。それらを繰り返すことで、わからないことや不安が少しずつ減っていく。そういった体験づくりが大切なんだとあらためて思いました。

(市橋さん)先ほどご紹介した市民アンケートによると、全市民の約2割以上、人数で言うと17万人以上がインターネットを使えていません。仮に、年間100回スマホ講座をやっても、恐らく最大2000人ほど、浜松市の人口のうちようやく1%です。これでは100年続けないとデジタルデバイドは解消されません。いかに生活に溶け込ませるか、をしっかり考えるのが本当の解決策に繋がると思っています。もちろん、スマホ講座は求められておりニーズがあるのでしっかりとやっていきますが、根本の解決策ではない、と考えています。

―― デジタルの情報弱者救済を丁寧に進める中で、デジタルのインフラ整備も急務なのでしょうか。

(瀧本さん)中山間地域の方は今まさにまだまだ光回線化を進めているところで、地域的な格差の解消が課題です。そこで、NTTをはじめとした民間が整備しているところの隙間を、国と市が補助しています。基本的な方向性としては「所有から利用へ」というところで、市がすべてのものを整備してもそれを最大限活用するには限界があるし、どんどん新しい技術が出てくる。その変化に対応していくことを考えると、所有ではなく利用することが望ましい。市としては、それを利用したビジネスをオープンイノベーションとして活性化させるところに注力するべきだと考えています。

 

“やらまいか精神”でデジタル・スマートシティの実現へ

―― 持続可能な都市経営の一環として、普段の行革も行いながらデジタルの活用を推進する浜松市。なぜ、常にスピード感を持って、様々な施策を独自に打てるのでしょうか。

(瀧本さん)浜松を象徴する言葉として、“やらまいか”という方言があります。これはどんなこともまずはやってみよう、やってやろうじゃないか、というチャレンジ精神を意味しています。これを合言葉に先人たちは、音楽や自動車産業、光・電子産業など、世界を代表する企業を輩出してきました。デジタル・スマートシティの取り組みも同様です。トライ&エラーを繰り返して変化に強いまちづくりを形成するアジャイル。つまりは”やらまいか”のこと。市民への伝わりやすさを考えるなら、やらまいか型まちづくりと言ってもいいかもしれません。

―― 最後に、デジタル・スマートシティ構想を推進する立場として、原動力となっているものを教えてください。

(瀧本さん)人口減少や高齢化など、将来に対するネガティブなものが枕詞に出ることが多いのですが、自分たちの子供や次の世代に少しでも希望を持って繋げていきたいという思いがあります。だからこそ、デジタル・スマートシティという取り組みはすごく可能性がある。私たちの世代がやらなければならない改革だと思っています。人口や収入が減ったとしても、デジタルを活用することで幸福感は増す、そんな価値をしっかりと次の世代へ渡したい、それがモチベーションなのかもしれません。

 今回、お話を伺って感じたのは、浜松市のデジタル・スマートシティ構想は、徹底した市民目線であること。官民の連携により、行政がやる部分、民間がやる部分をうまく線引きし、組織や分野を超えた共創による未来のまちづくりを行っている点です。そして、”やらまいか精神”。その土地の気質に合わせた取り組みの仕方が不可欠であると感じました。未知の分野へトライ&エラーを繰り返し、見えてきた課題にまた挑戦する、浜松市の取り組みに、これからも注目していきたいと思います。

取材
デジタルわかる化研究所 岸本暢之 西村康朗